惜別と郷愁――『新・旧 銀座八丁 東と西』(3)

次は「銀座五丁目 西」、ここにはかつて、有名な書店が複数あった。

本が絡むのだから、とうぜん坪内さんの、核心的な思い出話になる。

「『近藤書店』の平積み、そして棚が私は大好きだった。
 私の初めての著書『ストリートワイズ』(晶文社、一九九七年)を『近藤書店』はとても良い位置に平積みしてくれた。それは、東芝ビルの一階にあった『旭屋書店』も同様だった。出版不況がささやかれつつも、私はそれなりのベターセラー作家だったのだ。それからちょうど二十年。今の私は初版作家だ。」
 
旭屋も近藤書店も懐かしいけれど、それよりも、「今の私は初版作家だ」という、苦笑いを含んだ言葉が、ちょっとおかしい。
 
そういえば旭屋は、ピート・ハミルというアメリカの作家が、サイン会をやったことがある。

私は彼の、『ブルックリン物語』という小説の編集担当で、旭屋ほかのサイン会の、担当者でもあった。筑摩書房にいたころの話で、30歳くらいだった。それから2年ほどして筑摩を辞めた。

話は変わって、「銀座六丁目 東」は、GINZA SIXというファツション・ビルが、鳴り物入りで作られたばかりだ。
 
坪内さんは、これが気に食わない。

「私は土地に霊があることを信じる者だ。GINZA SIXがオープンした翌日、四月二十一日、銀座通りを渡った西側で白昼強盗が起き何千万円かが奪われた。銀座の真ん真ん中でこんなことが起きるとは信じられない。それはきっと、この土地の霊が怒ったのだろう。」
 
これはどうも無茶苦茶な話だが、気持ちはよくわかる。
 
銀座はどんどん変わっていく。ちなみに、渋谷もそれに劣らず変わっていく。その変わっていくところが、渋谷でも銀座でも、どこでも同じ方向に沿っている。どちらも、先端のファッション性を誇って、威張り顔である。
 
渋谷も、開発が成った暁には早晩、何億円かが奪われる白昼強盗が起きる、かもしれない。
 
これはすくなくとも、住んでいる人には関係がない。というか、住んでいる人はもういない、人間が住むことのできない街だ。
 
坪内さんは、「銀座六丁目 東」の章を、こんな言葉で終えている。

「この弁当を買ってコリドー街、『ロックフィッシュ』の入っているビルの最上階の『きらら』の窓際の席で終点東京駅に向かってゆっくり走って行く新幹線を見ながらバーボンソーダを飲んだらとてもおいしいだろう。
 しかし『きらら』も店を閉じて十年近くなる。
 すべては遠い昔の出来事だ。」
 
本当に、そうなんだなあ。
posted by 中嶋 廣 at 09:37Comment(0)日記