これは、私が4年ほど前まで生きてきた、出版という世界を、再販制度を中心に論じたものだ。
この本の叙述は、事実を丹念に連ねてあり、業界の中にいた人間でなければ、面白いものではない。しかしとにかく、マイナスの事実を連ねてあることをもって、貴重な記録といえる。
著者の高須次郎は緑風出版の創業者で、2004年から16年まで、日本出版者協議会(旧・出版流通対策協議会)の会長を務めた。
日本の出版界には日本書籍出版協会(以下、書協と略す)という業界団体があり、主要な出版社はここに入っている。ちなみに18年3月現在で、会員社数は415社である。日本に4000社弱あるうちの400社だから、少ないといえばその通りだが、しかし講談社、小学館、新潮社、文藝春秋をはじめ、一通りの出版社はみな入っている。
高須さんが会長を務めた日本出版者協議会は、中小の出版社が集まっている。「定価」を死守したい日本出版者協議会は、「定価」をやめたい公正取引委員会と、徹底的に戦った。
そもそも小売価格を、メーカーが指示することができるのは、著作物に限られている。具体的にいうなら、書籍、雑誌、新聞、レコード盤、音楽用テープ、音楽用コンパクトディスク(CD)の6品目に限定されている。
公正取引委員会は、アメリカの圧力もあって、この「定価」を外そうとした。そこで出版社側と対立したのである。
出版社側の言い分は、非常に明晰なものであった。
「再販制度の廃止で、出版社が価格決定権を失うと、採算計画が立てられなくなるおそれがあり、採算が立てにくい学術的・文化的な本の出版がしにくくなり、結果、書籍の多様性が失われる……。」
これは出版社のみならず、著者や読者をも巻き込んで、再販制度は圧倒的な支持を受けた。
これが一応、出版社側の勝利に終わり、再販制を堅持するというふうになると、次に公取委との間で、ポイントカードをめぐるやり取りがあった。
出版社としては、ポイントカードを認めれば、再販制は維持できなくなる。これは当たり前だ。
しかし公取委は、消費者にとって「お楽しみ程度」の、というのは1パーセント程度のポイントカードは、認められるべきだというのだ。
公取委のいう、「お楽しみ程度」の楽しみを得たい「消費者」は、一般の、また専門の本の、「読者」ではない。公取委と出版社側とは、ここのところで、いつもボタンの掛け違いを起こしている。
「消費者」は文字通り、日々商品を消費して、それをエネルギーに変えて生きていく。「読者」は、日々商品を消費していくとみせて、実はもっと長い付き合いを、本としていく。
場合によっては、読者が死んでしまっても、本は生き延びる。それはごく普通のことだ。