官能の文体――『買えない味』(4)

あるいは「ろうそく」を使う日々の暮らし。これ、本当の話ですよ。

「うちへ戻って最初に片づける用事は、一年中あいもかわらず同じである。まだ薄暮のうちでも、とっぷり夜が更けていても、私の足はまず居間へ向かう。マッチを擦って、ろうそくに灯を灯すのだ。……
 テーブルの上に、ふたつ。水屋箪笥の上に、ひとつ。気が向けば小さいのをもうひとつ。暗闇のなかにぽっ、ぽっ、ぽっ、灯りが静かに浮かび上がる。」
 
これは、ちょっと異様だ。都市の、いや、田舎でも、こんな暮らしをしている人は、もういない。そのこころを聞いてみよう。

「暗闇を取り戻したい。暗闇のなかに封じ込められてしまったひそかな息づかいを、暮らしのなかに蘇らせたい――ろうそくの灯りにこだわるのは、つまりそういうことなのかもしれない。そして私は、親しい暗闇の記憶をたぐり寄せる。」
 
このあと、夜空に打ちあがる花火、かそけき光を放つ線香花火、蛍の光、天の川、祭りの提灯、灯籠……、電気を消せば、なりを潜めていた暗闇の物語が、たちまち目の前に姿を現すのだ。
 
脳出血以前の〈前世〉には、こんな言葉は知らなかったという点では、「手土産」に出てくる、こんな言葉もそうだ。

「とにもかくにも手土産は消えものに限る。」
この「消えもの」という言葉は、知らなかった。たぶん〈前世〉では、知らなかった。

それではあまりに、語彙が乏しい。〈前世〉では一応、編集者だったんだから、ちょっと、どうかなあ、とも思うがしょうがない。

それはともかく、次はいよいよ『そばですよー立ちそばの世界ー』だ。今日1月13日の東京新聞の読書面に、平松洋子の写真と一緒に、この本のことが出ていた。たかが立ち食いそばの話が、これだけ記事になるのは不思議だ。

だぶんまた、平松洋子の魔法の文体が、変な言い方だが、猛威を奮っているんじゃないかな。

(『買えない味』平松洋子、ちくま文庫、2010年12月10日所刷)
posted by 中嶋 廣 at 09:03Comment(0)日記