装幀家の危機意識――『彼方の本―間村俊一の仕事―』(3)

そうは言っても、装幀家稼業は大変である。僕みたいな、全部装幀家にお任せでありながら、それが出来上がっていく過程で、いろいろ文句を付ける奴もいる。

何よりも、売れっ子の装幀家は、抱えている点数が、半端な数ではない。そこで間村さんは、一計を案ずる。大学に入ったときに、シュルレアリストのマックス・エルンストのコラージュ、『百頭女』に衝撃を受けていたのだ。

「古い挿絵本や木版画が切り貼りされ、思いもかけない作品に昇華される。まさしくエロティシズムの椀飯振舞、糊と鋏による前代未聞の狼藉である。」
 
この衝撃は、後々まで強く残った。

「以来すっかり嵌った。装幀の種に困るとコラージュを作ってしのいできた。『摂津幸彦選集』、『新撰21』もこのパターン。」
 
海に直立したドアと、画面中央のミノタウロス。摂津幸彦の高名な、夜汽車と金魚の句に対抗するために、牛頭人身の父を対峙させたのだが、その出来は実に見事である。
 
そうかと思えば、『句集 了見』『句集 實』などを装幀した、加藤郁乎との一夜。

「とある一夜、いまはない赤坂のさるバーにての出来事。『ワタシガ・カトウ・イクヤ・デス』。酔眼朦朧の態であるが、その視線はするどく当方を真正面から捉えてはなさない。『大学時代からの先生のファンで……』『ワタシガ・カトウ・イクヤ・デス』『先生の影響で俳句を始めたような次第で……』『ワタシガ・カトウ・イクヤ・デス』えんえん続くこの決めゼリフ。」
 
ここは何度読んでも、本当におかしい。おもわず、『ワタシガ・カトウ・イクヤ・デス』というのが、こちらにも移ってしまう、頭の中で、わんわん反響している。
 
原稿の中に一人、堀江敏幸の「『とびどぐ』を持たない山猫」が、間村俊一の讃として載っている。その一節に、間村俊一の本質を捉えたところがある。

「うるわしき無頓着とは、計算をただしく排除する意識のありようである。……広々とした木の仕事机には、いまやブックデザインにおける『とびどぐ』とも言えるマッキントッシュの影はなく、はさみ、カッター、定規、糊、鉛筆などごく基本的な切り張りの文具しか置かれていない。機械が苦手だとか、信用できないという次元の選択ではない。いや、むしろ選択の形跡すらない。あるのはただ、着実な「手」順だけだ。間村俊一のブックデザインに洗練されたノンシャランスが感じられるのは、途中で手が嘘をついていないからなのである。」
 
間村さんの本質は、ここに集約されている。そして考えてみると、昔から職人の微妙なさじ加減は、機械の精密さをはるかに凌駕するものだったのだ。
 
最後に個人的なことを書く。

口絵の二ページ目の、ミルチア・エリアーデ『世界宗教史』全四巻は、僕の企画である。学生時代からの友人、島田裕巳に焚きつけられて、1980年後半に、彼を中心に企画を作ったものだ。

しかし『世界宗教史』第Ⅰ巻の原稿ができたところで、僕は仕事を外され、ほどなくして筑摩書房を辞めた。

以来、『世界宗教史』第Ⅰ巻の装幀を見るたびに、間村さんと、もっと早くに会っていればなあ、と思わずにはいられなかったのである。

(『彼方の本―間村俊一の仕事―』間村俊一、筑摩書房、2018年11月5日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 17:26Comment(0)日記