装幀家の危機意識――『彼方の本―間村俊一の仕事―』(2)

写真家、鬼海弘雄と組む場合は、バトルである。初めて会ったのは2000年、福島泰樹の、短歌絶叫三十周年記念コンサートの、ポスター写真を依頼したときだった。

「……荒川を北上。大きな堰のあるあたりで車を止め、ここの河原で撮影しようということになった。
『そんな顔じゃダメだ。もっと怒れ!』カメラを構えて福島さんと対峙した鬼海さんは、じりじりとその間合いをつめる。黒のコートにボルサリーノで正装した絶叫歌人は徐々に追いつめられ、とうとう荒川の水際に足を踏み入れてしまう。まるで果し合いのような撮影現場であった。」
 
鬼海弘雄にとって、現場は常にこんなふうだ。これはじつにいい。仕事は常に、こういうふうにやりたい。

「都はるみさんも追いつめられた。『メッセージ』という彼女の発言を集めた本の出版記念の飲み会。『うしろの池にはまりそうになったわ』と涼しい顔でおっしゃった。」
 
その『メッセージ』は、間村俊一の装幀(図版31頁)。よく見ると、カバーの都はるみのアップが、いつもと違う。顔はすっぴんのようだが、表情の厚み、深みが、いつもとはまったく違うのだ。
 
中ほどに、「本あるひは装幀にまつはる五十五句」とサブタイトルを付けて、「間奏句集 ボヴァリー夫人の庭」が載っている。

これは著者の既刊句集、『鶴の鬱』(図版115、119頁)『拔辨天』(図版122,123頁)から装幀にまつわる句を選び直し、初出時の詞書を復活させたものである。

そこには、「本文はオーソドクスに組め」という詞書に続いて、「脚注のごとし春雨ふる様は」という、いかにも情景が浮かんでくるような句もある。

その最後に、「版下といふ絶滅危惧種。もちろん書物に未來は無い」と詞書があって、「初夏の版下あはれ書物果つ」とある。とにかく、覚悟が必要なのである。
 
図版ページに、平松洋子が書いている。

「間村氏は版下を『絶滅危惧種のガラパゴス』と自ら揶揄する……」

「絶滅危惧種のガラパゴス」であったとしても、そして「書物果つ」と覚悟していたとしても、その覚悟をもって装幀をする限りは、生き延びる道はかならずやあらん、と思うのだ。
posted by 中嶋 廣 at 13:50Comment(0)日記