にわかには信じられない――『不死身の特攻兵―軍神はなぜ上官に反抗したか―』(5)

佐々木友次さんは2016年に、92歳で、札幌の病院で呼吸不全のために亡くなった。鴻上の取材が間に合ったのは、ほとんど奇跡的であった。
 
それにしても佐々木さんは、本当はどういう気持だったのだろうか。そして鴻上の取材を受けているときの気持ちは、どうだったのだろう。

「――友次さんは生き延びられるだろうなと思いながら、内地には帰れないとも思っていた?
『そうそう、それは思いましたね』
――やっぱり死んだ奴らに対して申し訳ないって思いが大きかったんですか?
『大きいどころじゃないですよ』
――それが一番ですか?
『一番ですね』」
 
戦争で死んだ戦友というのは、どう考えたらいいか、わからない。
 
僕の父は陸軍士官学校を出て、将校として満洲に出兵し、そこで終戦を迎え、そのあとソ連に捕虜に取られ、2年間かそこら抑留された。
 
ことし94歳になるが、自分の葬式については、死体を焼き場へ持っていって、あとはいっさい何もするな、骨上げもするな、墓も作るなという。骨はその場で、捨ててほしいのだそうだ。
 
父は外を歩いていて、葬式にぶつかると、烈火のごとく怒り出す。これはもう、どうしようもなく、そういうふうになってしまう。葬式に集まっている人間を、なんと形式ばったつまらん奴らだ、と罵倒し始める。
 
僕はそんなとき、シベリアに捕虜に取られ、そこで死んだ戦友を、思い出しているんだなと思う。酷寒の中、朝起きると死んでいた、葬式などいっさい無縁の戦友を。
 
もちろんそんなことは、一度も話したことはない。しかし間違いないと思う。
 
戦後は、一部上場会社の役員まで勤めたが、定年になってからは、周りとの付き合いをほとんど絶っていた。戦後の日本を生きながら、どこにもないところ、シベリアの地を、死んだ戦友とさまよっているに違いない。
 
こういう人間は、本人のためにも、というと変だけど、当人のためにも、縁あって家族になった者のためにも、もう絶対に出してはいけない。
 
ちなみに、鴻上尚史の最後の文章は、次のようなものだ。

「佐々木さんの存在が僕と日本人とあなたの希望の星になるんじゃないか。
 そう思って、この本を書きました。」

(『不死身の特攻兵―軍神はなぜ上官に反抗したか―』鴻上尚史
 講談社現代新書、2017年11月20日初刷、2018年3月14日第13刷)
posted by 中嶋 廣 at 18:03Comment(0)日記