漱石の全体像とは――『編集者 漱石』(2)

最初に〈編集〉ということを、理解した人――。
「私が見るところ、日本の近代文学において最初の、そして最高の文学者=編集者は夏目漱石である。」
 
そうか、そうだったのか。でも、にわかには理解しづらい。本当にそうか?

「例えば、出版文化史の観点に立てば、漱石以前と以後では、『本』そのものの形態までが歴然と変化する。」
 
そういえば書物は、漱石以前は、寝かせてあったような気がする。縦に置いておくのは、漱石以後なのか。
 
でも縦に置いておくと、本は立体的に見られるようになる。そうすると、本の束(つか)やカバー、表紙も問題にせざるを得ない。
 
そこで「わが国における最初の装幀家といえる橋口五葉を見つけ、育てたのが漱石だった。」
 
そうか、あの斬新な、というかケッタイな『吾輩は猫である』の装幀をやった橋口五葉は、日本で最初の装丁家であり、それは漱石が見つけて育てたのか。
 
ほかにも、「朝日新聞」に初めて文藝欄が設けられたが、その編集は一手に、漱石に任された。これはさらっと書いてあるけれども、まったく容易なことではない。
 
また文学史的には、芥川龍之介をはじめ鈴木三重吉、長塚節、中勘助、志賀直哉など、漱石が才能を認めて世に出した作家は多い。
 
しかし果たして編集者の才能と、著者のそれは、一人の人物の中に同居できるものであろうか。

「理想の編集者には、無私であることが求められる。……編集者は作家の蔭となり、作品に編集というはたらきの痕跡を残さないのが理想とされる。」
 
編集者と著者の才能は、いってみればプラスとマイナス、まったく正反対なのである。
 
その矛盾を漱石は、一つの人格の中に、納めていたというのか。これは最後に解く問題としよう。
 
ともかく漱石にとっては、正岡子規との出会いが、最初にして最大の出来事であった。正岡子規は実に編集の権化であり、それが漱石をして共振させたのだ。
posted by 中嶋 廣 at 19:05Comment(0)日記