簡潔に、曝け出す――『安部公房とわたし』(1)

安部公房は、『箱男』しか、読んだことがない。たしか大学に入った年に、『箱男』が出て、寮で何人かの学生が話題にしていた。
 
それっきり読んでないので、僕とは全くのすれ違いであった。
 
ただ『箱男』は、ちょっと面白いものではあった。でもそちらへは、意識して、行かないようにしていた。
 
その安部公房に、死ぬまでつきあった女優、山口果林の話である。
 
1966年、著者が、桐朋学園短大の演劇科を目指したとき、安部公房は、面接官であった。

先生と学生は、やがて親しくなり、打ち合わせのあとは、食事に誘われるようになる。

「高校時代に『おまえにも罪がある』を観劇して、自分も芝居の道に進みたいと思いはじめた作家である。桐朋学園の授業は毎回刺激的だった。誰が断われようか。」
 
山口果林の文章は、率直にして簡明、男と女の成り行きを描いても、切れがいい。

作家の苦悩を描くときも、切り込んで、過不足がない。

「『だんだん書くことが辛くなる』と新しい小説の執筆を前にして語った。ただひたすら深夜の高速道路を走り続け、ブラックホールに飲みこまれてしまいたい気分になるとも言っていた。沢山の賞を獲得しつくした作家の言葉に、私は衝撃を受けた。底知れぬ虚無感を垣間見た。」
 
安部公房は、著者のどこに惹かれたのか。著者には、それがわからない。激しい恋愛感情は、やがて醒めるだろう。

「それまで安部公房から得られるものは、貪欲に吸収したい! 自身のキャリアも高めたいというのが、当時の私の思いだった。」
 
なかなかよく分析されている。でもそうはならなかった。安部公房は、やがて妻と別居して箱根に暮らし、著者はそこへ通っていく。あるいは安部公房が、著者のマンションを訪れる。
 
あるとき安部公房が、「声のテープ」の交換日記を提案する。声を聞けば、会えないときでも、身近にいるような気がするという。
 
このテープは、安部公房の死後、一本一本、内容を消去して破棄した。しかし3本だけは、消すことができなかった。なぜ、その3本のテープを、持ち続けたのか。

「プライベートな話だけでない、小説家の執筆時のリアルな生活、書くことへの苦悩、本物の芸術のオリジナリティについて語っている部分があって、どうしても捨てきれなかったのだ。三島由紀夫に言及しているところもある。」
 
家族に聞かれまいとして、徹底的にオンマイクで録音されているが、これは「ふたりがベッドの中の密接した距離で会話した時間の再現」という意味もある。
posted by 中嶋 廣 at 18:35Comment(0)日記