今どきの恍惚の人――『長いお別れ』(1)

老人の認知症を、テーマにした本である。新聞広告で「映画化決定!」とあったので、ついつい衝動買いしてしまった。
 
と書けば、おわかりの通り、たいした小説ではない。
 
それでも、身内に認知症初期の者がいて、しかも離れているために、僕は会いに行けないとなれば、こういう小説には、つい手が伸びる。
 
老夫婦二人のうち、夫が認知症で、最初は妻が介護するが、そのうち手に負えなくなり、娘三人が、フラフラになりながら、なんとか介護する。
 
有吉佐和子の『恍惚の人』は一九七二年だから、もうおおかた五〇年前である。それから、耕治人の『そうかもしれない』もあった。
 
そういう本と較べると、いかにもご都合主義で、ほんとうにどうにもならない、身を切られるような矛盾は、避けて通っている。その意味では、ほとんどメルヘンである(もっとも、介護保険が適応になって、実際によくなった部分もある)。
 
小説としては二流だけど、面白いところもある。

認知症の祖父が、孫と喋っている。祖父は認知症であるにもかかわらず、むかし習った難しい漢字が読めてしまう。老人には、往々にして起こりがちなことだ。でも孫には、ただただ驚異だ。

「『なんでできるの! じゃ、僕は誰?』
『え? あんた、自分の名前もわかんなくなっちゃったのか?』
『わかんないのは、僕じゃないよ。おじいちゃんだよ。僕が誰だかわかる?』
『落ち着いて考えてみろよ』
『何言ってんだよ。考えるのはおじいちゃんだよ。うわあ』
『どうした、だいじょうぶか!』」
 
こういうところは本当に可笑しい。
posted by 中嶋 廣 at 19:00Comment(0)日記