文体に冴えはあるか――『ヒキコモリ漂流記』(1)

「週刊新潮」を読んでいたら、〈髭男爵〉の片割れ、山田ルイ53世が「新潮45」に連載中の、「一発屋芸人列伝」が面白い、という記事が出ていた。
 
これはもちろん、そろそろ本になるのを見越した、新潮社のやらせであろう。
 
でも、どういう芸人が出ているのか、ためしにアマゾンで見てみると、『一発屋芸人列伝』は、まだ本になっておらず、その前にこの本が出ていた。
 
それでも普通なら、テレビ芸人の苦労話は、避けて通るところだが、神戸の六甲学院というのに引っかかった。
 
僕は、姫路の淳心学院を出たが、神戸の六甲学院は、そのころすでに有名であった。淳心学院よりも、有名大学への進学率では、六甲学院の方が上ではなかったか。まあ今となっては、進学率という言葉も含めて、前世のおぼろげな記憶に等しいが。

「週刊新潮」の「一発屋芸人列伝」のうたい文句は、何よりも文体が素晴らしい、というもの。それなら、『ヒキコモリ漂流記』でも、文体はそんなに変わるはずはないから、まずこちらから読んでみよう、となったわけだ。
 
山田ルイ53世は中学二年のとき、学校でお漏らしをしてしまい、それも大の方で、それがきっかけで、ヒキコモリに入る。勉強が大変で、いっぱいいっぱいになっていたのだ。
 
結局、六甲学院を中途退学、その後ずっと引きこもりを続ける。しかし成人式が迫ってくると、一念発起し大検に合格、それで愛媛大学法文学部の夜間コースに入学した。
 
ところがその大学も中退し、上京して、今度は芸人になるべく養成所に入る。
 
その間、精神的引きこもりを背負っていたので、もうひとつ仕事に身が入らず、食うや食わずの生活をしてきた。
 
じつは、この本の半ばまでは、あまり面白くはない。読者におもねった文体で、半分強までは、いささか居心地が悪い。
 
ところが、一念発起して、大検に合格するあたりからは、文章が直截で、まだけれんみはあるものの、率直に読み手の胸に響いてくる。
 
その旋回するところが、たとえば次の文章である。

「引きこもり始めて、いろいろあったが、もう完全に俺の人生は終わった……そう思っていた。少なくとも、最初望んでいたような人生はもう無理だ。人生に復帰できない。絶望を噛みしめながら毎日を過ごしていた。」

びんびん胸に届いてくるでしょう。続けて以下のようにある。

「加えてこの島の期間、振り返り、見つめ直し過ぎたせいで自分の人生がゲシュタルト崩壊を起こしたような感覚に陥り、すべてがよく分からない、手応えのないものになっていた。」
 
ここから先は、おもねった文章ではない。
posted by 中嶋 廣 at 18:24Comment(0)日記