続・「天才」の謎に挑む――『鬼才伝説―私の将棋風雲録―』(3)

加藤は、第七期十段戦の七番勝負で、挑戦者として、稀有な経験をする。相手は大山康晴である。
 
第四局で、加藤は七時間考え、会心の名手で、大山の玉を寄せ切った。つまり、「将棋は七時間考えて絶妙手を見つけることもある奥深い世界であることを知った。」
 
さらに第六局では、危険な手を、危険を承知で、勢いで指した。大山名人が、正しく指せば、加藤の玉は即積みであったのだが、大山名人も加藤も、簡単な積みの手順に気づかなかった。加藤の直感が、勝利を呼び込んだのである。
 
このとき加藤は、悟りを得た。

「善悪を超えた世界があることを知った時、私は心がうち震えるような感動を覚えた。
 将棋とは感動できるものなのだ。私はこのことをファンに伝えていこうと思った。懇切丁寧に説明すれば、私が感じたのと同じぐらいの感動を味わってもらえるはずだ。」
 
このときの十段戦は、四勝三敗で、加藤に凱歌が上がっている。
 
でもなあ、七時間も考えたのは、凄いことだけども、それこそたとえば、藤井聡太六段であれば、もっと早くに、妙手を思いついただろうに。

また対局者が二人とも、簡単な積みを見逃すことは、めったにないことだけれども、でも、たまにはあることだ。
 
なぜここで、加藤が悟りを得たかは、正直言ってよく分からない。そういう時機が来ていたとしか、言いようがない。
 
加藤は中原誠に対しても、一時期、圧倒的に分が悪くて、最初に一勝一敗になった後は、十九連敗した。
 
それが一九七六年、第十五期十段戦で、一勝を返すことができた。二日制の対局とあって、これでようやく、対中原戦も互角になったと思われた。
 
このときの、加藤の述懐がおかしい。

「もはや、石橋を叩いても渡れない時の私ではない。石橋を叩いて渡れるようになったのだ。この違いは大きい。」
 
思わず吹き出したくなるが、「この違いは大きい」のは、加藤にしてみれば、じつに切実である。
 
一九八〇年には、聖地エルサレムとバチカンを旅した。妻から、タイトル戦が続いているから、気分転換に旅でも、と進められたのである。
 
加藤も、集中力だけでは危険であることを知っていた。集中するだけでは、視野が狭くなり、その結果、将棋の戦い方が偏狭になる。
 
そこでイスラエルの聖地を巡礼し、バチカンでは当時のローマ法王、聖ヨハネ・パウロ二世に、離れたところから、直接声をかけた。

「すると、ヨハネ・パウロ二世は私だけに向かって手を振ってくれた。私の後ろにいた日本人の神父は、その瞬間『あっ』と叫んだ。それだけ意外だったのだろう。
 私はその時、将棋用語で言うところの『香車一本強くなった』気がした。以前と比べて実力が一段階上がったという確信が体の中に湧いてきたのである。」
 
こうして加藤は、この旅行から七カ月めに、十段のタイトルを取るのである。
 
ちょっと待ってください。ローマ法王が加藤に手を振り、その結果、香車一本強くなり、それで十段のタイトルが取れた、ということで、いいのかね?
 
だいたいローマ法王が、香車一本強くなるような励まし方を、知っているのか?
 
天才・加藤は、これすべて摂理のうちだ、と考えているようだが、本当にこれでいいんだろうか。うーむ。
posted by 中嶋 廣 at 17:26Comment(0)日記