「天才」の謎に挑む――『弟子・藤井聡太の学び方』(2)

杉本七段は、藤井聡太に、一般的な、勝つ手を教えなかったという。勝率七割という手堅い手は、「凡人」には役に立つ。しかし、藤井聡太の将棋は、勝率七割を目指してはいないのだ。

「強い弱いは別にして、凡人には決して浮かばない手があるのです。藤井は子どものころから、そうした手をどんどん指していました。いや、むしろそれを中心に組み立てていた。ほかの棋士が捨ててかかるような手筋から入るという指向性がありました。
 だから、これまで先人たちが培ってきた勝率のいい指し方や、型にはまった手筋を教えても、百害あって一利なしだと思ったのです。」
 
ここは、なかなか難しい。「これまで先人たちが培ってきた勝率のいい指し方」を捨てるとは、どういうことだろう。
 
それに、勝率七割の手堅い手とは、どういうことか。師匠・杉本は、藤井聡太は勝率七割を目指してはいない、とはいうものの、勝率七割といえば、羽生や渡辺くらいしかいない、突出した勝率だ。
 
杉本七段は、藤井聡太が目指すべきは、勝率八割、あるいは九割だといいたいのだろうか。確かに一年目の勝率は、八割を超えてはいたけれど。
 
杉本七段の観察は続く。藤井のデビュー戦から、二十九連勝していたころだ。

「連勝はしていましたが、勝ちパターンがそれまでとは違います。私の知る『藤井将棋』は大詰めで劇的な力を発揮する終盤力ですが、序盤、中盤からすでに押しています。そういう意味では、『新しい藤井将棋』ともいえます。」
 
つまり通常なら、プロ入り後は、成長速度が緩やかになってゆくが、藤井聡太の場合は、その速度が緩むどころか、むしろ早まっている。これは、たいへん特異な点だが、しかし、なぜそんなことが起こっているのかは、師匠にもわからない。
 
もう一つ、特徴としては、日本中でこれだけ騒がれているのに、藤井聡太に浮かれたところがまるでない。これも、非常に特異なことだ。
 
これはもちろん、親御さんの影響が強い。とはいっても、藤井がまったく動じないのは、これはこれで、何というか、まったく奇妙だ。
 
師匠・杉本はまた、藤井聡太の進学のことについても、相談に乗ったらしい。中学から高校へ行くについては、いろんな考え方がある。将棋が技術だけのものならば、高校へ行くよりも、ずっと将棋盤の前に座っていた方がよい。

「しかし私たち棋士の役割は、将棋盤の上で高い技術を見せながら、ファンを感動させる将棋を指すこと。その上で勝つことです。将棋は人と人との戦いです。勝つためには相手の気持ちを理解しなければなりません。理解するためには人間を知る必要があります。」
 
なるほど、これは正論に聞こえる。谷川九段にしろ羽生竜王にしろ、トップ棋士はみな例外なく、「品位と高潔さ」を備えている。

「その意味するところを私たち棋士は知るべきです。きっと将棋観も含めたこれまでの人生観が、将棋に反映していくのだと思います。」
 
じつに堂々とした論で、これを真っ向から否定するのは難しい。けれども、藤井の将棋は、もうすでに中学の段階から、見る人を感動させた。
 
進学については、百人が百人とも、高校は出ておいたほうがいい、というだろう。僕だってそういう。でも本当にそれが正しい道かと言えば、そんなことは、誰にも言えない。こういうことは、どうすればいいのだろう。正解手があるのだろうか。
posted by 中嶋 廣 at 17:55Comment(0)日記