「天才」の謎に挑む――『弟子・藤井聡太の学び方』(3)

杉本師匠は、藤井聡太の特異な点を、ズバリと指摘する。

「藤井は熱心な研究者でありながらも、勝負師の一面を持っています。さらに詰将棋創作に要する独創性に富む芸術家の顔も持っています。幼いころから、その三つの要素をあれだけ高いレベルで持っている子どもに私はこれまで会ったことがありません。」
 
さすがに杉本師匠は、よく見てらっしゃる。けれども、なぜその三つが、高いところで結実しているかは、謎というほかはない。
 
具体的な指し手のことでいうなら、対角線上が強い、というのが杉本師匠の見立てである。

「藤井の将棋は対角線、斜めのラインを強く意識させます。本人はおそらく意識していないと思いますが、藤井の強さの源には、この『斜めの多用』があります。
『駒に角度がある』と私は表現しています。具体的には角と桂馬の使い方が抜群にうまい。」
 
これは、中原誠十六世名人の桂馬使いのように、他の棋士にも当てはまったりする。やっぱり「斜めの多用」が、一つのキーである。でも、だからといって、理論的にそれ以上には、進展しない。
 
藤井聡太の将棋については、「なかでも桂馬は本当にうまい。それをむしろ攻撃の軸にしている気配すらあります。その指し手には詰将棋で鍛えた発想が生きています。」
 
ここに、藤井聡太の将棋と、いわゆる詰将棋の、直結した強さの源が垣間見えるが、しかしやっぱり垣間見える程度だ。

詰将棋が徹底的に強くなれば、将棋もかならず強くなるのだろうか。そう考えれば、これも「必要条件」と「十分条件」の違いで、藤井聡太の強さの、究極の謎には迫っていない。

結局、杉本師匠の迫り方は隔靴搔痒、どうにも歯がゆい。杉本七段には申し訳ないけど、やっぱり天才の頭の中身は、凡人にはわからないものなのか(杉本七段を、凡人の代表にしてすみません)。

そんな中で、注目すべきところが、一か所だけある。それは、大山康晴十五世名人について、である。

「初段ぐらいから詰将棋とともに〔大山康晴の〕棋譜並べにも取り組んだそうです。知人からもらった『大山康晴全集(全三巻)』は二巻まで。三巻まではいっていないとのことでした。現在の名人ではなく、昭和の巨人、大山十五世名人の棋譜を平成生まれの藤井が並べていたとは、なんとも古典的です。」

これは、「なんとも古典的」であるどころか、ほとんど、藤井将棋の秘密に迫った記述ではないか。

大山康晴は巨人である。名人・十段・王位・棋聖・王将の五つの永世称号を保持し、69歳でなくなるときまで、A級に居続けた。大山は、羽生なんぞとは比較を絶して、巨人であり続けた。
 
もし藤井聡太が、大山十五世名人の倒れたところから、歩みを開始しているとすれば、それで謎は解ける(ような気がする)。
 
どんなにもてはやされても、藤井が、今はまだ強くならなくては、と念仏のように唱えているのも、早く大山康晴の地平に立って、快進撃を始めなければ、ということだろう。だから、周りがもてはやしても、何の関係もないのだ。
 
そういえば、藤井の講評に、難しい漢語が多いということも、ときどき大山が顔を出していると思えば、納得がゆく。この難しい漢語も、対局が終わった直後が多い。これは、大山がうっかり表へ出たためではないか、というのは冗談にせよ、比喩的にいって、前世が大山康晴というのが、ともかく一番わかりやすい。

(『弟子・藤井聡太の学び方』杉本昌隆、PHP研究所、2018年2月15日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 17:26Comment(0)日記

「天才」の謎に挑む――『弟子・藤井聡太の学び方』(2)

杉本七段は、藤井聡太に、一般的な、勝つ手を教えなかったという。勝率七割という手堅い手は、「凡人」には役に立つ。しかし、藤井聡太の将棋は、勝率七割を目指してはいないのだ。

「強い弱いは別にして、凡人には決して浮かばない手があるのです。藤井は子どものころから、そうした手をどんどん指していました。いや、むしろそれを中心に組み立てていた。ほかの棋士が捨ててかかるような手筋から入るという指向性がありました。
 だから、これまで先人たちが培ってきた勝率のいい指し方や、型にはまった手筋を教えても、百害あって一利なしだと思ったのです。」
 
ここは、なかなか難しい。「これまで先人たちが培ってきた勝率のいい指し方」を捨てるとは、どういうことだろう。
 
それに、勝率七割の手堅い手とは、どういうことか。師匠・杉本は、藤井聡太は勝率七割を目指してはいない、とはいうものの、勝率七割といえば、羽生や渡辺くらいしかいない、突出した勝率だ。
 
杉本七段は、藤井聡太が目指すべきは、勝率八割、あるいは九割だといいたいのだろうか。確かに一年目の勝率は、八割を超えてはいたけれど。
 
杉本七段の観察は続く。藤井のデビュー戦から、二十九連勝していたころだ。

「連勝はしていましたが、勝ちパターンがそれまでとは違います。私の知る『藤井将棋』は大詰めで劇的な力を発揮する終盤力ですが、序盤、中盤からすでに押しています。そういう意味では、『新しい藤井将棋』ともいえます。」
 
つまり通常なら、プロ入り後は、成長速度が緩やかになってゆくが、藤井聡太の場合は、その速度が緩むどころか、むしろ早まっている。これは、たいへん特異な点だが、しかし、なぜそんなことが起こっているのかは、師匠にもわからない。
 
もう一つ、特徴としては、日本中でこれだけ騒がれているのに、藤井聡太に浮かれたところがまるでない。これも、非常に特異なことだ。
 
これはもちろん、親御さんの影響が強い。とはいっても、藤井がまったく動じないのは、これはこれで、何というか、まったく奇妙だ。
 
師匠・杉本はまた、藤井聡太の進学のことについても、相談に乗ったらしい。中学から高校へ行くについては、いろんな考え方がある。将棋が技術だけのものならば、高校へ行くよりも、ずっと将棋盤の前に座っていた方がよい。

「しかし私たち棋士の役割は、将棋盤の上で高い技術を見せながら、ファンを感動させる将棋を指すこと。その上で勝つことです。将棋は人と人との戦いです。勝つためには相手の気持ちを理解しなければなりません。理解するためには人間を知る必要があります。」
 
なるほど、これは正論に聞こえる。谷川九段にしろ羽生竜王にしろ、トップ棋士はみな例外なく、「品位と高潔さ」を備えている。

「その意味するところを私たち棋士は知るべきです。きっと将棋観も含めたこれまでの人生観が、将棋に反映していくのだと思います。」
 
じつに堂々とした論で、これを真っ向から否定するのは難しい。けれども、藤井の将棋は、もうすでに中学の段階から、見る人を感動させた。
 
進学については、百人が百人とも、高校は出ておいたほうがいい、というだろう。僕だってそういう。でも本当にそれが正しい道かと言えば、そんなことは、誰にも言えない。こういうことは、どうすればいいのだろう。正解手があるのだろうか。
posted by 中嶋 廣 at 17:55Comment(0)日記