「うちのめされてあなたをおもう」――『歌集 褐色のライチ』(1)

鷲尾賢也氏は講談社で、おもに人文書の編集者として腕を振るい、重役にまでなったが、早期に退職された。そののちは、出版を中心に、評論家として健筆を揮い、大立者の地位を占めた。
 
けれども2014年2月、69歳のとき脳出血で、まったく突然に、世を去ってしまわれた。
 
鷲尾さんは、編集者として、また評論家として、多大な功績をあげられたが、しかしまた、別の顔をもっていた。

小高賢という名で、いくつもの歌集を出し、また短歌評論もするという歌人だった。          
 
そして夫人も、鷲尾三枝子という本名で、同じく歌集を出されている。
 
いつか鷲尾さんに、夫婦で歌人とは、河野裕子と永田和宏みたいですね、と言ったら、うちは、夫婦の中心に短歌があるという家ではないよ、と言われた。

『褐色のライチ』は、鷲尾三枝子さんの三冊目の歌集である。

そしてこれには、最後に鷲尾さんへの挽歌が載っている。それは、よほど覚悟を決めて読まなくては、ならないものだ。

初めから、読んでいこう。そうしなければ、終わりまで来たときに、絶句して、なにも書けなくなってしまう。

ちなみに僕は、鷲尾三枝子さんの歌集の読むのは、初めてである。

  「NO WAR」ウヲーウヲに聞こえればNOにおおきくアクセントおく

  二十分の修理待つ間の話題なり憲法九条沖自転車店

やっぱり、鷲尾賢也さんと同じく、三枝子さんも、どちらかと言えば左寄り、進歩派の人だ。考えてみれば、鷲尾賢也さんは、丸山眞男の弟子だから、そういう人と夫婦になるのは、いってみれば、同士というようなところがあるのだろう。「ウヲーウヲに聞こえれば」、というところが、明るさがあって面白い。

  転ばぬようにおみな三人(みたり)が腕を組み雪道くだる靴キューと泣く

これは、「新潟県浦佐では三月三日に雪の夜祭がある。」の詞書きを付したもの。どうしても三枝子夫人の向こうに、鷲尾賢也さんが見え隠れし、ついついちょっとキュートなものを、取り上げたくなる。三枝子さんには迷惑なことであろうが。
posted by 中嶋 廣 at 17:54Comment(0)日記