冷静に、ひたすら冷静に読む――『Black Box ブラックボックス』(1)

これは、よく本にしたと思う。著者の伊藤詩織さんも、苦しいところをよく書き上げたと思うし、文藝春秋も、話題を呼ぶことは必至とはいえ、時の首相の側にいる人間たちを向こうに回し、正面から喧嘩を売ったのだから、やっぱりよくやると思う。
 
問題は、大まかに三点ある。
一つは、当時TBSのワシントン支局長の山口敬之氏が、著者をレイプしたのかどうか。

二つめは、著者は少なくともレイプされたと信じたのだが、その場合、すぐにどこに駆け込めばよかったのか。

三つめは、山口氏に逮捕状が出ていたにもかかわらず、なぜ直前になって、逮捕は取りやめになったのか。
 
伊藤詩織さんが、この本を書いた直接の動機は、二つめの点にある。

「繰り返すが、私が本当に話したいのは、『起こったこと』そのものではない。
『どう起こらないようにするか』
『起こってしまった場合、どうしたら助けを得ることができるのか』
 という未来の話である。それを話すために、あえて『過去に起こったこと』を話しているだけなのだ。」
 
後の二つのことは、じつはこの本では、どうにもならない。というか、最終決着はつけられない。
 
本の帯に、「真実は、/ここに/ある。」とあるが、レイプ事件そのものに関しては、著者からみた真実であって、山口敬之氏は当然、正反対の主張をするだろう。
 
山口氏も、言論を武器として戦っているのだから、当然反論をすべきだ。レイプ事件の場合、女性がレイプされたと言い、男は和姦だったと言う。

つまり裁判所の中では、みずかけ論で終わりやすいのだが、この場合は、男女二人とも、言論を武器として戦っているわけだから、裁判所とは別の、公けの舞台を、設えることができる。

そして伊藤さんは、その舞台に勇躍、身を投じたのだ。こんどは山口氏の番だ。ここで出ていかなければ、まさに男がすたる。ここで逃げ隠れすれば、これから一生涯にわたって、「レイプ魔」と呼ばれることになるだろう。それは堪えられないはずだ。

その意味で、まだ幕は切って落とされたばかりなのだ。

三つめの、逮捕状が出ていたにもかかわらず、なぜ直前になって、逮捕は取りやめになったのかについては、これはややこしい。

その前に、まず本書を順番に見ていこう。
posted by 中嶋 廣 at 14:39Comment(0)日記