内側から見れば――『庭のソクラテス―記憶の中の父 加藤克巳―』(1)

著者の長澤洋子さんとは、古いつきあいになる。長澤さんは、朝日カルチャーセンターで、長く要の位置にいて、というか要職を占めていて、僕は、著者が話題の本を出したときには、必ず長澤さんに、講師としてどうか、という相談をした。

『14歳からの哲学』の池田晶子さんや、『明治思想家論』『近代日本と仏教』の末木文美士さん、『父が子に語る日本史』の小島毅さんのときなどは、本当にお世話になった。

『チョムスキー、世界を語る』では、翻訳者の田桐正彦さんが、チョムスキーをもってくるわけにはいかないので、代わって弁じた。
 
数え上げれば、切りはない。宣伝力の非力な小出版社にとっては、本当に頼りになる存在だった。
 
考えてみれば、長澤さんとはまったく同じ歳で、同じ年代を生きてきたので、読む本や著者に、重なりがあったとしても、不思議はない。長澤さんとは、そういう付き合いである。
 
その長澤さんが、歌人の加藤克巳の娘さんだとは、全く知らなかった。女性は結婚すれば、姓が変わるので、これはしょうがない。

しかしもう一つは、加藤克巳という、シュールレアリスムの影響を受けた、モダニズムの歌人と、長澤さんとが、上手く結べなかったためでもある。
 
作品だけを見ていると、加藤克巳という人は、鋭角的で、尖った人なのだ。
 
加藤克巳は1915年生まれ。國學院大學で折口信夫の薫陶を受ける。学生時代に新芸術派短歌運動に加わり、1937年、22歳で、第一歌集『螺旋階段』を出版する。

1970年には、第四歌集『球体』で第四回迢空賞を受賞している。その『球体』から一首、引いておく。
「病む地球 ささってにがき裸木々 黄いろい太陽どろんとおちる」

加藤克巳は2010年、94歳で没するまでに二十冊の歌集を刊行した。他に現代歌人協会理事長、歌会始召人などを務めた。
 
短歌の内容といい、歌人として纏っているものといい、長澤洋子さんとは、なかなか結びつかない。
posted by 中嶋 廣 at 18:41Comment(0)日記