一装丁家の意見――『装丁、あれこれ』(4)

またこういう話もある。かつて大月書店で、十冊ほど、本作りを一緒にやったことのある、西浩孝さんのことだ。
 
西さんは、WEBRONZAの書評サイト「神保町の匠」で、僕ともずっと一緒にやっている。

事情があって、西さんは、大月書店を辞めて、長崎に転居された。「神保町の匠」は、インターネットがあれば、どこでもできるから、書評はずっと続けておられる。
 
それは別に、どうということはない。驚いたのは、そこから先の話だ。

「長崎に居を移し『どうしていらっしゃるか』と思っていた矢先、『編集室水平線』の名で編集・製作した近刊二冊をお送りいただいた。装丁も西さん手ずから。
 内容は、ハンセン病療養所入所者の文学作品に光を当て、また世に問うた詩人・大江満雄の生と思想を中心に編まれた評伝と評論集だ。」
 
これまでは、東京の出版社を辞め、地方で暮らすということは、つまり出版を諦めるということだった。少なくとも、これまではそうだった。
 
しかし西さんの本は、ちゃんとISBNコードも入れ、数が少ないとはいえ、書店に配本もしている。
 
肝心の本作りは、ぱっと開いてみれば、西さん特有の緊密な組版が、ビリビリした緊張感を、如実に伝えてくる。
 
もしこれで、評判になるものを出せれば、東京でなくとも、そしていわゆる株式会社でなくとも、本は作れることになる。そこには、一条の光が見えてくる。
 
新聞に載っている、大手の出版社の広告が、見るも無残な抜け殻ばかり並べているときに、自分はこれをやりたいんだ、これに価値があると思うんだ、とストレートに言えれば、そこから出版は変わっていく。ここからの出版は、それ以外に道はない。
 
僕は、西さんが一人で、長崎で仕事を再開したことに感銘を受けた、という桂川さんにも、感動してしまった。
 
ほかにも、佐藤正午の『月の満ち欠け』を装丁するときの、悪戦苦闘ぶりなど、読ませどころはどっさりある。
 
装丁を、外からではなく内側から、しかも広く見渡している、珍しい本だ。あまり書店に置いていないと思うので、強く推薦したい。

(『装丁、あれこれ』桂川潤、彩流社、2018年1月30日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 18:14Comment(0)日記