血沸き肉躍る!――『新聞記者』(1)

これは思いきった企画だ。東京新聞記者・望月衣塑子(いそこ)は、前著『武器輸出と日本企業』で一躍名を高からしめた。そこでは、刻々と変わる武器輸出企業を相手取って、それを新書にするという離れ技を、鮮やかに決めている。
 
それが今度は『新聞記者』。著者は40歳を過ぎたばかりのはずだから、この企画が著者から生まれるはずはない。とすれば、言い出しっぺは編集者か。
 
著者は今年の6月6日、初めて菅義偉官房長官の定例会見に出た。そこで森友・加計問題の取材チームの一員として、文科省の前事務次官・前川喜平に関する質問をした。

それから二日後にも、質問をした。このときは通常5分で終わる定例会見が、37分間に及んだ。そこで望月衣塑子は一躍名をあげたのである。
 
しかし僕に言わせれば、著者以外の記者が、これまでまったくなっていなかった。菅官房長官の受け答えは、人を小馬鹿にしたもので、記者たちは憤然と怒っていいはずのものだ。

通常、人の目を見て、真剣に懐に飛び込み、言葉を尽くして相手を巻き込むのが、コミュニケーションの王道である。
 
それを、菅という人は、なんなんだろう。一日何回か、全くやる気を感じさせず、しょうがなくて受け答えをしている(ように見える)。これでは、若い人が「さあ」「べつにぃ」と、真似してもしょうがない。

小さい子がいれば、この人のやる気のない記者会見を見せるのは、本当に教育に悪い。ずっとそう思ってきたから、望月記者の登場は溜飲が下がった。
 
著者は中学生のときに、フォトジャーナリストの吉田ルイ子に会い、これが決定的な出会いになる。

「興奮しながら握手を交わした右手から、しびれるような何かも伝わってきた。私も吉田さんのように、世界を歩き、社会の矛盾、困っている人たちの生(なま)の姿を伝えられるような仕事、生き方ができたら――」
 
ここから、新聞記者という仕事までは一直線だ。新聞をはじめマスコミの入社試験では、著者は軒並み落ちた。けれども、東京新聞一社あれば、いうことはない。この人はドンピシャのところに入ったのだ。

実際、記者が堂々と正論を吐くことができるのは、今のところ東京新聞しかない(と書いといて大丈夫だろうな、東京新聞)。
posted by 中嶋 廣 at 17:46Comment(0)日記