高橋順子と車谷長吉――『夫・車谷長吉』ほか(2)

ほかにも、一度黙読しただけでは分からない、こんな大事なことを知った。
 
高橋順子が、車谷長吉の原稿を本にすることについて、三浦雅士としゃべっている場面だ。

「私は三浦さんに、『車谷さんという人が私のところから自費出版したいといってきてるけど、新潮社かどこかのほうがいいですよね』と相談した。三浦さんはそれには答えず、『高橋さんのことを観音さまみたいな人だと言ってるぜえ』と面白がっているふうに言った。」
 
ここは、三浦雅士の言う「高橋順子は観音さま」という言葉が、荒唐無稽な比喩などではないということに、気づかなくてはならない。

高橋順子が、車谷の書くものを掛け値なくいいといったから、それまで灰色の世界で、ぺしゃんこになっていた車谷の人格が、むっくりと起き上がってきたのだ。
 
高橋順子の『夫・車谷長吉』が、あまりに素晴らしいことは、朗読するまでわからなかった。黙読するだけでは、通り一遍の良さしかわからない。ということは、田中晶子の、脚本にするならという、詳細な解説を聞いて、初めて分かったのだ。
 
それで、その素晴らしさを、心ゆくまで堪能すべく、三回朗読をして、今四回目の途中である。これでは、ひょっとすると、高橋順子の書くものから、逃れられないかもしれないけど、しかしまあそんなことはあるまい、たぶん。
 
と同時に、車谷長吉の方は、いったいどんなものを書いたのか。『赤目四十八瀧心中未遂』と『武蔵丸』は読んでいたので、それ以外に面白いものはあるのか。そういうことを、かつて新書館編集部にいた、松下昌弘さんに聞いてみた。
 
松下さんは『車谷長吉全集』の担当者で、『夫・車谷長吉』にも出てくる、「おしゃべりの長吉と気が合って、よく二階の書斎で『ほちゃほちゃ』やっていた」、強烈に印象に残る人だ。

「やっぱり『武蔵丸』がいいですね。それと『贋世捨人』。右翼の大物がやっている、左翼雑誌『現代の目』の編集部が、妙なリアリティがあっていいんですよ。もちろん『赤目四十八瀧心中未遂』と『鹽壺の匙』は絶対です。」
 
というわけで、『贋世捨人』と『鹽壺の匙』、それに僕の方でかってに選んで、『業柱抱き』『漂流物』『世界一周恐怖航海記』を読んでみた。

『鹽壺の匙』は、世評はこの上なく高いが、僕はかつて二篇読んだだけで、打っちゃっておいた。
今度、終わりまで読んでみると、終わりの二篇、「吃りの父が歌った軍歌」「鹽壺の匙」が、それまでの四篇とはまるで違って、断然いい。

それがつまり、高橋順子を知る前と後の差だ。高橋順子さんは、自分が男を蘇らせた、なんて書かないけれど、しかし『夫・車谷長吉』と『鹽壺の匙』を丹念に読めば、それがはっきりと分かる。
posted by 中嶋 廣 at 18:20Comment(0)日記