デザインの見方――『塑する思考』(1)

『塑(そ)する思考』は、佐藤卓というデザイナーが書いた。それにしても『塑する思考』とは、また何とも読みにくいタイトルである。
 
おまけにこの本には、著者の紹介がない。読みにくいタイトルと、奥付に著者紹介が載っていないことを考えると、そこに著者の主張が浮かんでくる、ような気もする。

でも著者紹介は、編集者がうっかり入れるのを忘れたのかもしれない。タイトルは、読みにくいのを、これで行くと、著者が頑張ったせいなのかもしれない。

版元が新潮社だから、あんまり間抜けなことはしないだろうと思うが、きょうび出版社は落ち目だから、新潮社といえど、どこでどうなっているかはわからない。

じつはこの本は、毎日新聞の養老孟司さんの書評で知った。

「著者はデザイナーで、『明治おいしい牛乳』や『クールミントガム』の包装なら、だれでも目にしたことがあるのではないか。その著者が何年もかけて、いわば訥々と、デザインという本業について論じたのが本書である。面白くて、だから一気に読む。そういう種類の本ではない。でも読み始めたら、やめられなくなった。」
 
面白くて一気に読むものではないが、でも読みはじめたら、やめられなくなった、というのは、最高の褒め言葉である。その言葉はまだまだ続く。

「本書は一過性のものとして読んで、読み終わるという本ではない。本棚に置いて、時々出して読んでいい本である。おかげで仕事を学び、考えることを学ぶ。最近読んだ本の中で、ここまでまっとうな本は少ない。」
こうまで褒められれば、読まずにはいられない。

まず「はじめに」のところで、著者の根本的な主張がなされる。
「意識化されるデザインなど、そのごく一部にすぎず、ほとんどのデザインに対して我々は無意識です。」
「どんな技術にせよ情報にせよ、人に届けるためには何かしらのデザインを必ず経なければならない。これは、それぞれの人の思想や好き嫌いの問題ではなく、人が人として生きていく上でどうしても避けられない事実なのです。」
 
養老さんが、褒めていた意味が分かる。デザインの原理主義というか、「絵」の部分に対する「地」の探求というか。ノウハウ本として役に立つ、という本とは百八十度、方向が違う。
posted by 中嶋 廣 at 21:47Comment(0)日記