正直な人――『あのころ、早稲田で』(3)

中野翠は、一連の学生運動を、どう見ていたのだろう。

「学生たちに喝采をおくることも、冷笑することも、どちらもできなかった。私にできることは、自分の中途半端さを、分裂ぶりを、みつめてゆくことだけだった。」
 
本当は、喝采をおくることや冷笑すること以外に、もう一つ、自分が中に飛び込んでいく、というのがあるが、ここではそれは、最初から可能性の中に入っていない。
 
ほかに、ショックを与えられたものとして、『ねじ式』と『ドグラ・マグラ』を挙げている。この辺は、中野さんの年代が少し上とはいえ、僕なんかの学生時代とまったく変わらない。
 
ただ、つげ義春の『ねじ式』は1968年、『ガロ』の6月増刊号に掲載されているのを見ている。このマンガを、初出掲載誌で読むというのは、どんな気がするものか。これはちょっと想像できない。

中野さんの文章も、『ねじ式』の一コマ目から、心をわしづかみにされたことがわかる。

「『あ、こんな夢、見たことある!』と思った。ドキドキした。
 奇妙な夢の中を行くような感触は最後まで破綻することなく維持されてゆく。村の家並の中に突入する蒸気機関車、目医者ばかりの家並、金太郎あめ、頭に反射鏡をつけた女医(その背後の海には戦艦のようなもの)、血止めのネジ・・・・・・。何か不思議な懐かしさと恐ろしさに襲われた。イメージを脈絡なく展開してゆく、その手際にも圧倒された。」

僕は、この文章に圧倒された。これは、白眉だ。

夢野久作の『ドグラ・マグラ』も、僕たちの間でも、根強い人気を博していた。

「『ドグラ・マグラ』は、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』、中井英夫の『虚無への供物』と共に「三大奇書」と呼ばれ、「本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来す」と言われているという。」

「三大奇書」という謳い文句も、僕らのときと同じである。これは『ドグラ・マグラ』、『黒死館殺人事件』、『虚無への供物』を並べて書評した、有名な文章があるんだろうか。たぶん、僕が知らないだけなんだろうな。

それはともかく、いずれも甲乙付けがたい奇書、というよりもミステリーからはみ出た、いわば極北に位置する作品なのである。

最後は、単行本にも収録していない、一篇のコラムで締めくくる。

「なぜ結婚しなかったのだろう。なぜ子どもを持たなかったのだろう。なぜ家族を作らなかったのだろう――。悩んだことはないが、不思議に思うことはある。平凡家庭で平凡に育ったのに、なぜ「一人」に執着するのか?」
 
戸惑っている、その戸惑い方も魅力的だ。

(『あのころ、早稲田で』
 中野翠、文藝春秋、2017年4月10日初刷、5月10日第2刷)
posted by 中嶋 廣 at 18:31Comment(0)日記