ちょつと変わった自叙伝――『アはアナキストのア―さかのぼり自叙伝―』(2)

この著者には、もう一つ別の側面があった。

「戦後七〇余年、今六〇代以前の世代の人びとにとっては『革命』はもはや過去の歴史になっているようだ。しかしわたしは八九歳だけれど、わたしたちの世代においては『革命』はただの歴史ではなく鼻先に突きつけられた現実だった。」
 
これは著者が、アナキズムを選ぶ、一つの手がかりになっている。人は、歴史からは自由になれない。
 
倒叙物の自叙伝なので、平凡社での仕事も、その挫折が最初に来る。ごたごたが頂点まで来て、麹町四番町にあった自社ビルを失うところから、話が始まる。平凡社は、進歩的な、外面のいい会社だった。

「進歩派の人々はとかく会議やら議論が好きで、会議や議論を重ねれば重ねるほど民主的で、いい結果が生まれると思いこんでいるらしい。・・・・・・
 平凡社の場合がそれだった。わいわいがやがや会議やら議論に日を送っているうちに、肝心の経営はどん詰まりに落ち込み、銀行管理から人員整理へと追い込まれてしまった。」

これは筑摩書房などでも、同じことだった。僕が大学を出て、3ヵ月で倒産する筑摩書房に入ると、社内の議論は、最高潮に達していた。でも、だからといって進歩派の人々はダメだ、とは思わない。進歩派の人たちにも、ピンからキリまでいろいろいる。

ともかく平凡社は、繰り返しの百科事典で潰れ、筑摩書房は、文学全集の繰り返しで潰れた。どちらも、読者は書物を、所有はするけど、ほとんど読まないことが、共通している。著者は、そういうふうには書いていないが、僕はそれが真相だと思う。

しかし、そもそも著者はなぜ、アナキズムに惹かれたのか。倒叙物なので、全巻の終わりに来て、初めてその思いが吐露される。

「そうだ、これが世界の実体なんだ。いまはまたぎっしり家が立ち並び、人びとが行き交っているが、それもあの焼野原の上に立っているにすぎないし、いつ何時ふたたび焼け跡に戻るかしれたものではないという暗い思いを払いのけることはできなかった。」
 
これは著者の原体験だ。この年代に共通する強烈な体験で、これは外からいくら言っても、絶対にそれ以外のことは聞こえない。なぜか。

「この思いは哲学史や思想史の書物で学んで得た知識ではなく、いうなればわたしの人生で得た一種の体感であった。だからそれはわたしの生涯につねに付きまとい、わたしの心底にこびりついていたのだろう。」
 
これはたとえば、色川武大の『麻雀放浪記』の冒頭と、まったく同じである。東京は今はビルが立ち並んでいるが、一皮むけば、一面焼け野原が広がっている。これは、幻影ではなく、目の前に見えている現実、もっといえば真実なのだ。「いうなればわたしの人生で得た一種の体感であった」と言うことだ。
 
終わりのころ、漸くこの一段を読んで、これを冒頭に持ってこなくて、いったいどうするつもりなんだ、と地団太を踏む思いだった。

(『アはアナキストのア―さかのぼり自叙伝―』
 大澤正道、三一書房、2017年1月27日初刷)