手の内を明かせば――『みみずくは黄昏に飛びたつ』(1)

川上未映子が村上春樹に、連続四回にわたってインタビューしている。最初のものは、『職業としての小説家』の刊行を記念して、残りの三回は、『騎士団長殺し』が完成したので、それをめぐってである。
 
このインタビューはもともと、村上春樹の、ある危機感がもとになっている。それはこういうことだ。

「村上 バブルの崩壊があって、それから神戸の地震があって、3・11があって、原発の問題があった。それらの試練を通して、僕は、日本がもっと洗練された国家になっていくんだろうと思っていたわけ。でも今は明らかにそれとは正反対の方向に行ってしまっている。それが、僕が危機感を持つようになった理由だし、それはなんとかしなくちゃいけないと思う。」
 
そこで、フィクションを書くこととは別の、「具体的なステートメント」を発する必要が、生まれてくる。しかしそれをどういう形でするかは、けっこう難しい。だから、このインタビューも、その試行錯誤の一環なのである。
 
第二章の初めごろに、『アンダーグラウンド』の話が出てくる。『アンダーグラウンド』は、村上春樹が書いた唯一の、しかも壮大なノンフィクションである。これを書いたことで、村上は、自分の書くものが、これ以後少し変わったんじゃないかという。

「実際『アンダーグラウンド』を書いているときに、現実に生きている人の怒りとか憎しみとか、困惑とか迷いとか、それから失望とか、後悔とか、そういうものを目の前にして、それも命をかけてそう感じている人たちを見て、強く胸を打たれるものがありました。それはそのあとの小説に反映されているはずだし、またされていてほしいと思います。」
 
僕は、申し訳ないけれど、『アンダーグラウンド』以前と以後で、はっきりそんなふうに分かれる感じはしない。全部を読んでいるわけではないし、そういう意味では中途半端な読者だ。でもとにかく、あまりそういう感じはしない。
 
村上はここでは、いろいろ手の内をさらけ出している。例えば、主人公の年齢について。
「村上 僕が主人公として書きたいのは、基本的には普通の人なんです。通常の生活感覚を持った人。しかもいろんな意味あいで、まだ自由な立場にある人。誰しもある程度の年齢になってくると、いろいろ現実がつきまとってくるでしょう。でも、三十代半ばぐらいだと、まだ・・・・・・。」(第二章)
 
しかしこの点については、川上未映子が、村上春樹の主人公の変遷をめぐって、ことこまかに追及している。今回の『騎士団長殺し』の主役は、三十代半ばにしては、目が肥えすぎている、と。

「――例えば『私』は、免色さんの家に招待されたときに、出された皿が古伊万里だとすぐにわかるんですよね。室内に置かれてあるものを目で追っている描写を通じて、ものの価値がよくわかっているという感じがする。・・・・・・多崎つくるさんぐらいから、だんだん富裕層の雰囲気が出てきています。今回の三十六歳の『私』も、お金は持っていないかもしれないけれど、パッと車に目がいく、調度品に目がいく、絨毯、食べ物にも・・・・・・みたいな感じで、目が肥えているというか、いろんなものの価値を知っているんだなと。」(第四章)
 
これは、村上春樹の主人公の変遷についての、じつに的確な評である。どうやら村上は、三十代半ばの男を主人公にするには、ちょっと歳を取りすぎてしまったのではないか。そしてその結果、川上未映子は、見ようによっては、痛烈な一撃を喰らわすのである。

「今回の『私』は女性で言うと『家庭画報』とか『ミセス』とかを定期購読してる感じというか。男性誌ではちょっと喩えがわからないんですけど。」(第四章)

『家庭画報』や『ミセス』を読んでる男のうんちく話を、えんえん聞かされるのは、やはりどうも、退屈の極みであるというほかない。