圧倒的だ・・・でも――『騎士団長殺し――第2部 遷ろうメタファー編』(1)

それは、下巻の三分の二くらいのところで、突如、景色が一変することによって始まる。
伊豆にある老人ホームに、雨田具彦を、その息子の雨田政彦と一緒に尋ねるところから、幕が開く。
章の見出しは、ストレートに、「今が時だ」。それは、こんなふうに始まる。

「『簡単なことだ。あたしを殺せばよろしい』と騎士団長は言った。」
『あなたを殺す?』と私は言った。
『あの『騎士団長殺し』の画面にならって、諸君があたしをあやめればよろしい』」
 
騎士団長の衣装をまとったイデアは、二人称単数の人を指して「諸君」と呼びかける。
 
もちろん下巻でも、それまで『私』は、ひたすら時間を味方につけることを言いつのる。
「『そういう日もある』と私は言った。『時間が奪っていくものもあれば、時間が与えてくれるものもある。時間を味方につけることが大事な仕事になる』」
 
そうなのだ。とにかく時間を味方につけること。そうすれば『私』には、退屈している暇はなかったはずだ。具体的にはこういうことだ。

「初夏にここに越してきて、ほどなく免色と知り合い、彼と一緒に祠の裏手の穴を暴き、それから騎士団長が姿を現し、やがて秋川まりえと叔母の秋川笙子が私の生活に入り込んできた。そして性的にたっぷり熟した人妻のガールフレンドが私を慰めてくれた。雨田具彦の生き霊だって訪ねてきた。退屈している暇はなかったはずだ。」
 
でも「私」と違って、この本を読んでいる僕は、ときどき退屈だった。下巻の三分の二まで来て、もう耐えられないとなったとき、そのとき突然、奔流がやってきたのだ。

『騎士団長殺し』の絵にならって、嫌がる「私」に手をかけさせ、騎士団長の姿をしたイデアは、自分を殺させた。そして「私」は、騎士団長を殺すことによって、さらに次のシーンを得たのだ。

「そこに出現しているのは、雨田具彦が『騎士団長殺し』の左下の隅に描いたのと同じ光景だった。『顔なが』は部屋の隅に開いた穴からぬっと顔を突き出し、四角い蓋を片手で押し上げながら、部屋の様子をひそかにうかがっていた。」
 
この部屋の隅に開いた、地下のように続く穴から、「私」の、後戻りできない冒険が始まる。