必ず二度読むことに――『月の満ち欠け』

傑作。
これは、まごうかたなき傑作である。
 
僕は一度目を読んで、すぐに二度目にとりかかった。作者は、二度読む人間を、標準の読者と考えていると思う。
 
一度目は、本を読み終えて、ただ呆然としていた。目くるめく世界で、眩暈(めまい)を覚えていた。二度目は、緻密きわまりない構成が、いやでもクリアーに頭に入ってきて、実に充実した読書体験が味わえる。
 
これは、生まれ変わりの話だ。女が、四回生まれ変わる。それに関わる男が三人いるが、その絡みが複雑である。

その複雑に絡みあった話を、一度目はよくわからないなりに、それでもページを繰る手も忙しく、飛ぶように読めるのは、文体のゆえである。佐藤正午の文体のせいである。

著者は、そのことを意識している。そうでなければ、四回生まれ変わるうちの、二度目の女の父親を、冒頭に持ってくるような、行ってみればトリッキーな真似はしない。 

冒頭の、男が母親と娘に会う場面は、いま現在の時点で、「午前十一時」である。途中、カットバックが入るが、この現在時点というのは、ここを含めて五回ある。「午前十一時」「午前十一時三十分」「正午」「午後十二時三十分」「午後一時」の五回だが、目次も章見出しも、活字ではなくて、時計の絵が描いてある。だから必然的に、二度読まないと、何が何だかわからない。

なお登場人物で言うと、男は三人目の男だし、親子のうち、母親の方ではなくて、小柄な小学生の方が、四回目に生まれた女だ。

話はそこから何度かカットバックし、最終的に、なるほどと納得できるが、話はそれで終わらない。終わらないどころか、いよいよクライマックスというところで、話は終わる。それが実にいい。佐藤正午の真骨頂である。

これは、佐藤正午の中でも傑作だし、あえていえば、何年かに一度の、至高の読書体験が得られる。

(『月の満ち欠け』佐藤正午、岩波書店、2017年4月5日初刷)