競い合う編集者――『「考える人」は本を読む』(2)

具体的に本文を見ていこう。最初の『それでも、読書をやめない理由』から引かれている次の文章が、全体を貫く骨格になっている。

「〈現代人が触れる情報の多くは表面的なものばかりだ。人々は深い思考や感情を犠牲にしており、しだいに孤立して、他者とのつながりを失いつつある。〉」

こうして全体の土台を示すと、今度は一転、アクロバティックに、『〆切本』の世界を、三週かけて極める。

とはいうものの、これにかかずりあっていては、あまりに面白くて、道を踏み惑う。ここでは、「尋常ならざる凄みを感じ」させる、〆切を延ばす名文句から、二、三、挙げておこう。

「用もないのに、ふと気が付くと便所の中へ這入っている。」
「私の頭脳は、完全にカラッポになってしまったのです。」
「殺してください。」
 
最後の「殺してください」が、簡潔で泣かせる。

「Ⅰ 読書を考える」の最後の章は、石神井書林の内堀弘氏の『ボン書店の幻――モダニズム出版社の光と影』である。ボン書店は、昭和の初期に、モダニズムやシュルレアリスム関係の本を出していた、夫婦二人だけの小出版社。しかし妻と夫は若くして、つぎつぎと結核に倒れた。

「うたかたの夢のように現われて、やがて誰に知られるともなく消えて行った短く哀切な人生」、と河野氏は痛切に、簡潔に要約する。
 
この単行本は、1992年に京都の白地社から出ており、2008年には、筑摩書房から文庫が出ている。しかし、この文庫は、親本そのものではない。親本が出た後、驚くべき進展があり、それは「文庫版のための少し長いあとがき」として、その経緯を収める。
 
単行本の段階では、杳として知られなかったボン書店のその後が、大分県の郷里の村まで、足跡が辿られる。その最後の言葉。

「〈枝葉の間に実がなっていて、近づくとそれは梨の実だった。
  ・・・・・・・・・・・・
 息子と一緒に植えた梨の木にちがいなかった。親子が姿を消し、誰も住まなくなった小さな土地で、梨の苗木は静かに育っていたのだ。広がった枝はもう空を隠している。
 これが墓碑なのだと私は思った。〉」
 
ちなみに朝日新聞読書面の、当時の編集長は、この年度の一冊を挙げるとすれば、『ボン書店の幻』だと述べている。
 
そしてこれ以後、目次の「Ⅱ 言葉を考える」「Ⅲ 仕事を考える」とは別の、いわば「死者の本」を呼び出す、核の部分ができていくのである。