酒場の磁場――『続・酒中日記』

帯の文句にいわく。
「文壇のみならず、演劇、歌舞伎、相撲・・・・・・。好きに生きて、好きに飲む。毎日、好きな人と語り明かす、それがツボちゃん!  その五年半の酩酊の軌跡を書き尽くす。」
 
そういうことなのだが、僕が病気する前と後とでは、読み方がすこし違ってきている。病気する前、酒場では坪内祐三さんと、めったに会わなかったけど、それでも「猫目」や「風花」などが出てくると、いかにも、おお、やってるねというような、親しみを感じたものだ。
 
病気した後では、もうどこの酒場へも行けない、たぶん一生、もう行けない。だから、坪内さんの縦横の活躍を、肩越しに見て、たいへん羨ましい気がする。そして、ちょっぴり心配になる。そんなに飲んで大丈夫か、と。でもそういうことは、もちろん余計なお世話だ。
 
さっき、縦横の活躍が羨ましい、と書いたが、しかしべつの思いも、かすかに湧いてくる。
僕は24歳のとき、筑摩書房に就職した。そこで職を得て3カ月目に、筑摩は潰れた。そこから、出版の世界を、波乱万丈でもないけれど、そこそこ激流を渡り切り、ようやく出版社の人間として、そんなに恥ずかしくない顔が、できるようになった(と思う)。このまま60を越え、その延長線上に最晩年がある、とふつうは思うだろう。
 
でも違った。筑摩書房の倒産も劇的だったけど、2年前の脳出血も、僕にとっては、同じく劇的なことだった。このことはいったい、どう考えればいいのだろうか。
 
僕はこれを、どう考えればいいのか、わからない。ひょっとすると、人生の終わりまで、わからないままかもしれない。
 
ふつうは65歳かそこらあたりで、みんな立ち止まり、人生を考えるものだろう。僕の場合は、それが劇的に来てしまった。病気する前にかろうじて備わっていた、本を読むことと、文章を書くということを除けば、もう何にもない。そこは、はっきりさせなければいけない。僕はもう、元の僕ではない。
 
そこをはっきりさせるときに、いちばん象徴的なのは、たとえば、もう飲み屋へはいけないということだ。
 
坪内さんの『酒中日記』正続編は、「酒場の磁場」をありありと描いている。そうであることによって、僕に、もうそういうところへは行けないという、寂しい断念を迫ってくる。

(『続・酒中日記』坪内祐三、講談社、2014年10月31日初刷)