棋士の何を見るか――『不屈の棋士』(1)

将棋観戦記者の大川慎太郎が、11人の棋士に、コンピュータ・ソフトについて、どう思うか、どう活用するか、をインタビューする。棋士は、羽生善治、渡辺明、森内俊之、佐藤康光、行方尚史、山崎隆之、糸谷哲郎、村山慈明、勝又清和、西尾明、千田翔太の11名。
 
このうち、コンピュータにもっともよく親しんでいるのが、千田翔太、少し触ったけれど、相手にしない、願い下げ、というのが佐藤康光、その両極を結んだ線上に、そのほかの棋士が並ぶ。

「『一番強いのは棋士』という価値観が、ソフトの登場によって根底から揺さぶられていることは間違いない。そんなことは、徳川幕府が将棋指しに俸禄を与えた1612年以来、初めてなのである。」
 
ちょうど昨日、佐藤天彦名人がコンピュータ・ソフトに、70数手で敗れるということがあった。これが羽生なら分からない、とはならない。おそらく羽生の場合でも、結果は同じことだろう。これをどう考えるか。

「羽生 ソフトの将棋は基本的にかなり異質なものです。人が指す将棋というのは形と手順の一貫性を重んじますが、ソフトはその二つはまったく気にしていない。また、ものすごく深く読める。人間は何百万手も読めませんから(笑)。」
 
だから羽生は、ソフトの使い方としては、ある特殊な場面を調べるのが、一番いいやり方だという。そしてそれは、研究法としては、小さな割合を占めるにすぎないという。

「羽生 ・・・・・・基本的に自分の頭で考えることが大事だと思っています。ただお医者さんにセカンドオピニオンを求めるような感覚で、この局面に対して自分はこう思うけど、違う可能性がないのかどうか気になる時には使うこともありますね。」
 
対局が始まれば、ソフトに聞くことは禁止されてるから、結局この使い方しかないような気がする。
しかしソフトが加わったことによって、将棋の見方が少し変わるかもしれない。

「羽生 ・・・・・・たくさん試してみたら意外といい形だったということが判明しました、となる可能性もあります。すると、そのうちにいい形に見えてくる。つまりそれまでの好形、悪形というのは、人の思い込みだった可能性もあるわけです。なぜこれが好形かという理由を言葉できちんと説明できないじゃないですか。」
なるほど、そういうことは、あるかもしれない。
 
羽生と並ぶ一方の雄、渡辺明もだいたい同じ意見だ。ソフトの指す将棋は、人間の指す将棋とは、別物である。その上で、こんなことを言う。

「渡辺 ・・・・・・将棋の定跡はほとんどが『先手よし』。でもいままでは、なぜ先手よしなのかがわからなかった。極端なことを言えば、昔はどんな指し方をしてもいい勝負だったんですよ。それは先手が正確にとがめられないからなんです。でもこれからは、後手で新戦法を出しても、その日のうちにソフトにかけられて具体的に先手よしと解明されたらすぐに消滅してしまう。」
だから、新戦法のスパンが、大変短くなるかもしれないという。
 
渡辺は、このままソフトが強くなっていけば、将棋界が、今と同じくらいの人数で栄えていくのは、無理かもしれないという。やっぱりコンピュータ・ソフトは、大きな影を落としているのだ。