ひたすらに――『キャスターという仕事』(2)

国谷さんが最も重視しているのは言葉だ。
たとえばニュース番組で、「なかなか理解が進まない安保法制」というところから入ったとすると、前提として、安保法制をみんなが納得して、よく分かっているのが、いいことになってしまう。

あるいは、衆参両院で多数派が違うとき、これを「ねじれ」というが、よく考えればこれは、「(「ねじれ」という)是正すべき事態」を、初めから含んでいる言葉ではないか。
 
こういうことに気がついた人は、それこそ久米宏のような、いわばキャスターとしての「天才」以外は、なかなかテレビ番組を全うすることは、できないんじゃないかと思う。
 
巷間、国谷裕子が「クローズアップ現代」を降りることになったのは、菅義偉官房長官を呼んだときのことが、引き金になったと言われている。安倍内閣の閣議決定で、憲法解釈を変更し、集団的自衛権の部分的行使を可能にした、そのことを捉えて、しつこくやりすぎたのだという。
 
とにかくこの人は真面目だ。自分の失敗を、それこそ赤裸々に書き、そうして悩んでいる。女学生が社会に出て、そのまま真っ直ぐに来た感じだ。

「視聴者の関心が極めて高かったオウム真理教事件関連番組。スタジオで模型や新しい撮影技術を駆使して取り上げた気象、バイオサイエンス、宇宙などについての多彩な科学番組。野球、サッカー、相撲、ゴルフからオリンピックまで多くのスポーツ番組。介護保険や地域医療など様々な社会保障をテーマにした番組。広島、長崎への原爆投下の被害や多くの戦争関連番組。これらを含め全く触れることが出来なかったテーマは数多く、申し訳ない気持ちがする。」
 
最後の、「申し訳ない気持ちがする」というところが、この人の真骨頂であり、良心の在り処だと言えよう。
もう一度、この人の「クローズアップ現代」を、ぜひ見てみたい。

(『キャスターという仕事』国谷裕子、岩波新書、2017年1月20日初刷)