ひたすらに――『キャスターという仕事』(1)

「クローズアップ現代」で23年間、キャスターをやった人の記録。これは、もうちょっと真面目にこの番組を見ればよかった、と思わせずにはおかない。とにかく、こんなに真面目に、テレビ番組に取り組んだ人もいるんだ、とちょっと感動した。

でもその割には、23年間の中で、僕の記憶には、「クローズアップ現代」は一本も残っていない。これはテレビを見るときの、僕の姿勢が悪いのか、それともNHKの方に、問題があるのか。ともあれ内容を見ていこう。
 
新番組は1993年2月1日、「『今、深く知りたい』という視聴者のニーズに応えるべく、『今を映す鏡でありたい』という制作者たちの熱い思いを込めて開始された。」
 
そして国谷裕子さんは、始めたころをこう振り返る。
「この番組の制作を担っていく人々の、そしてキャスターを担当することになった私の、強い意気込みが伝わってくる。『真正面から取り組む』と、まさに真正面から言うことから始める番組は珍しいのではないだろうか。」
 
へーえ、そうなんだ。でも真正面からが少ないとすれば、斜に構えたところからが多いということだろうか。この辺はよくわからない。
 
国谷さんは、「クローズアップ現代」の前に、別の番組でキャスターとして登用され、NHK総合テレビに出たものの、使い物にならなくて、わずか一年で外されている。帰国子女で、「てにをは」がおかしかったという。
 
そこから、こんどは始まったばかりの衛星放送で、〈ワールドニュース〉を担当する。ここでの4年間こそが、貴重な経験になった。

「同じ出来事であっても国や立場の違う人からはまったく違う目で捉えられていることを繰り返し知らされ、ものの見方が一つではなく、複眼的な視点をもつ大切さを学んだように思う。」
 
これは、僕なんかが〈ワールドニュース〉を見ていても、そういうことは当然ある。たとえばイラク進攻。日本のニュースはアメリカ一辺倒で、イラクは大量破壊兵器を隠していると言われたが、ヨーロッパのニュースでは、たとえばドイツ・フランスとイギリスでは180度、違う見解だった。
 
ともかく「クローズアップ現代」をはじめてゆく中で、だんだん分かってくることがあった。
「番組を続けていくなかで、私には次第に、時代感覚を言葉にする力(コメント力)と、ゲストに向き合える力(インタビュー力、聞く力)を研ぎ澄ますことが、キャスターの仕事であることが見え始めてきた。」
 
これは、どうなんだろう。NHKではテーマとして、ある話題を取り上げるとき、キャスターの裁量はどこまで及んでいるのだろうか。
 
たとえば、「ニュース・ステーション」で特集を組むとき、久米宏の意向は、これは場合によっていろいろだろうけど、かなりある場合もあったと思う。

あるいは、もうずっと前になるが、TBSの「報道特集」で料治直矢(りょうじなおや)がやってた頃は、ほとんどこの人が、番組を差配してたような気がしていた(もちろんすべてがそうでないことは、分かり切ったことだ)。
 
でも国谷さんはこう書く。
「前説は自分の言葉で書かないと、『熱』のようなものが伝わらない。たとえたどたどしくても、キャスターが熱をもって話しているかどうかで、視聴者は関心のないテーマでも聴いてみよう観てみようという気持ちになると信じていた。」

これは、なるほどという気もするが、考えてみれば、当たり前のことではある。ともかくNHKと民放では、キャスターの位置づけが、微妙にちがっているような気がして面白い。