女と男の行く先は――『狂うひと―「死の棘」の妻・島尾ミホ―』(1)

これは様々な意味で、読者に覚悟を要求する本だ。650頁余という本の厚さもあるが、読み出すと、もはや引き返せなくなる本だ。

もちろん文体の問題は大きい。梯久美子は、島尾ミホ・島尾敏雄という書くべき対象と四つに組んで、まったく引けを取っていない。

『死の棘』は単行本の部数が30万部を超え、純文学では異例のベストセラーになった。出てすぐに奥野健男や吉本隆明が絶賛し、文庫版『死の棘』に、山本健吉が解説による讃を寄せている。平成2年には小栗康平が映画化し、カンヌ国際映画祭で審査員グランプリを受賞している。

こうして島尾敏雄・ミホは、文学史に残る伝説的カップルになった。著者は、その「虚像」を、一歩一歩事実を積み上げて、突き崩していく。
 
特攻隊長の島尾敏雄と、女教師のミホは、奄美群島の加計呂麻島で、戦争も押し詰まった時期に出逢い、恋に落ちる。そして昭和20年8月13日、敏雄が特攻隊として出撃する夜に、ミホも命果てんとする。

「死の前提のもとで、言葉、それも『書かれた言葉』によって恋愛を盛り上げることにおいて、島尾とミホは共犯関係にあった。そのことは、敗色が濃くなり、死がいよいよ近づいてくる中で書かれたこのあとの手紙を読めばさらによくわかる。二人の関係は最初から、恋と死と文学が絡みあったところで初めて成立するものだったのである。」

しかし出撃命令は、ついに訪れなかった。

なお島尾には、ミホとの非常時の恋は、結構つらい面もあったようだ。何度も訓練を終えて、夜中に逢引を重ねると、確かにだんだん辛くなるだろう。

「大規模な空襲や出撃命令がいつあってもおかしくない中、深夜に部隊を抜け出して女に会いに行く生活は、このころになるともう限界に近かったのだろう。」
 
けれども、島尾隊長にしてみれば、「戦時中は出撃してしまえばすべてから逃れられるという気分があったことは否め」ない。

『死の棘』の批評のことで言えば、ミホを「島長の娘」や「南島の巫女」と呼び、「島尾=近代的インテリ、ミホ=古代そのままの自然人」とする構図が、広く流布しているが、著者はこの憶測を、完膚なきまでに打ち壊す。
 
ミホは東京の高等女学校を出ているし、また結婚の約束をする昭和20年には26歳で、島尾の父などは、少し年がいっていると渋面をつくっている。
 
いずれにしても、戦時下の非常の恋はここで終わり、以後、これとは別の日常が始まる。