翻訳は難しい――『トランペット』(1)

これは面白い小説だ。伝説のジャズ・トランぺッター、ジョス・ムーディは、徹底した医者嫌いで、それに罹ることのないまま、急死する。ジョスには、医者に罹れない理由があったのだ。
 
妻のミリーはその結果、夫のことでひたすら秘匿していたことを、明かさなくてはいけなくなる。ミリーとジョスの養子であるコールマンでさえも、その秘密は知らされていなかったのだ。
 
それは、ジョス・ムーディが「女」だったということである。体中にきつく包帯を巻き、どこから見ても男であったジョスを、ミリーはまったくの「男」として遇したのだけれど。
 
その秘密は、物語の早い段階で明らかになる。というよりも、帯の文句が、「おれのお父さんは/あなたの/娘だったんです」とあるから、ページをめくる前に、ネタ割れしている。

「むしろ死後にジョスと出会う、あるいは彼を再発見する人々こそが、この小説の驚嘆すべき主人公たちなのだ。妻のミリー、息子のコールマン、バンドのドラマー、医者や葬儀屋、役所の登録係、著名人のスキャンダルでひと儲けをたくらむジャーナリスト、昔の同級生、老いた母。多くは世間的に無名の、普通の、働き、愛し、過ちを犯し、誤解したりされたりする人たちが、それぞれの人生で培ってきた考えや感情を胸に、ジョス・ムーディを見つめる。かれらがいかにジョス・ムーディを理解するか、その過程がまさにこの小説のプロットなのだともいえる。」(「訳者解説」より)
 
つまりここでは、ジョス・ムーディが女であることは全体の枠組みであり、本当の主役は、個々の章で出てくる、いろいろな人々であるというわけだ。

作者のジャッキー・ケイは、ナイジェリア人の父と、スコットランド人の母の間に生まれた。けれども赤ん坊のときに、スコットランド人の夫婦の養子にもらわれ、スコットランドで暮らした。

だから、「彼女をアフリカ系イギリス人、あるいはブラック・ブリティッシュ詩人・作家と呼ぶことも正しいし、現代スコットランド詩人・作家と呼ぶこともまた、正しい。」
うーん、ちょっとややっこしい。

しかもジャッキー・ケイは、人種だけでなく、セクシュアリティの上でもマイノリティの位置を占めている。ケイは長じて女性のパートーナーと暮らし、その家庭で母として子育てまでしている。

だからさきほど述べた、ジョス・ムーディが女であることは全体の枠組みであり、背景である、というのは最後のほうになって、じつは背景でなく、前面にせり出してくるのだ。

「荒い波風に大揺れはしてもけっして切れない家族の絆は、むしろ多くの方の心に親近感や共感を呼び起こすだろう。」
 
だから終わりまで読むと、ある大きな感動は得られる。