再起第一作――『唐牛伝―敗者の戦後漂流―』(2)

とは言うものの、ブント全学連は最初から、「甘え」と紙一重の開放感があった。
「ブントの組織は開けっぴろげで、リンチや査問がつきものの共産党の陰険さや秘密性などまったくなかった。しかし、私から言わせれば、この開放感というより〝ワキの甘さ〟こそ、その後のセクトにはないブントの魅力だった。」
 
ブントは、日本共産党に反発して別れた、稀有な左翼集団で、その寿命も非常に短かった。
「ブントは短命だったが、日本共産党のようなリンチ事件や、そしてブント消滅後の革共同内部の内ゲバ事件や、連赤の殺人事件のような陰惨な出来事は起こさなかった。」
 
なぜ、そういうことが起こらなかったのか。
「ブントが左翼運動が宿命的にもつ『暗さ』から免れたのは、奇跡的だったといってもよい。それは唐牛の〝人間性〟によるところが大きかっただろう。」
 
こういうところを読むと、舞台は違うけれど、スペイン市民戦争の頃のPOUMを思い出す。共産主義で上からガチガチに固めたのとは違う、市民の軍隊だったPOUMは、1人ひとりが納得するまでは動かない、けれどもいったん納得すれば、素晴らしい働きをしたものだった。

スペイン市民戦争は、反革命軍のフランコと、ソ連の巧妙な革命つぶしの挟み撃ちに遭って、POUMは潰されるけれど、オーウェルの『スペイン市民戦争』に、その名を残した。

ブントは、唐牛の体現したものの中に、かろうじてその影を残したのではないか。
「唐牛は、本当はちゃんとした仕事につこうとしたんだ。だけど、全部権力が手を回して、排除した。つまり、唐牛は一罰百戒というか見せしめで、ほかの活動家はみんな大企業に入っていった。」
唐牛のこの姿勢は、ひょっとしてどこか、佐野眞一に似ていはしないか。
 
また唐牛は、仕事で組む相手を、徹底的に選んだ。
「それにしても、田中清玄しかり、田岡一雄しかり、そして徳田虎雄しかり・・・・・・。唐牛は〝大物食い〟というか〝悪食〟というか、個性が強烈すぎて辟易とする人物に近づきたがる性癖を生来持っていたようである。」
思わず笑ってしまう。組む相手もたちが違うし、仕事の仕方も違うんだけど、でも「個性が強烈すぎて・・・・・・」というのは、佐野眞一に、あまりにもぴったり当てはまってしまう。
 
末尾に近く、唐牛が生涯を終えるところで、佐野はこんなつぶやきを漏らす。
「唐牛健太郎は、全学連仲間の島成郎や青木昌彦らがそれぞれの分野で目覚ましい業績をあげたのとは対照的に、『長』と名の付く職に就くことを拒み、無名の市井人として一生を終えた。だが、それこそが唐牛が生涯をかけて貫いた無言の矜持ではなかったか。」
 
400ページになんなんとする本書には、もちろんまだ大きな問題がいくつもある。というか本としては、そちらの方が大きな問題だろう。
しかしここでは、佐野の執筆の原動力となった、「失意から立ち直らせ」るものだけについて書いた。

(『唐牛伝―敗者の戦後漂流―』佐野眞一、小学館、2016年8月1日初刷)