打ちのめされて――『理想の出版を求めて―一編集者の回想 1963‐2003―』(1)

元講談社の鷲尾賢也さんの、『新版 編集とはどのような仕事なのか』を音読したので、続けて編集論の上級編として、岩波の元社長・大塚信一さんの、『理想の出版を求めて―一編集者の回想 1963‐2003―』を音読することにする。
 
音読は、やはり1時間が限度である。それを超えると、目と声がバラバラになって、何を読んでいるのか、分らなくなる。それでも去年の今頃は、10分を超えると、自分の声はすれども、言葉のイメージはバラバラだったのだから、進歩と言えば進歩である(と思って慰めるしかない)。
 
大塚さんの書き下ろしは、手書きの原稿で、優に六百枚を超えていた。ワープロでない書き下ろし原稿は、考えてみれば、池田晶子さん以来だった。そうして、これ以後も、大塚さん以外はなかった(大塚さんの原稿はこれ以後も、『山口昌男の手紙』以下、いくつも入った)。
 
大塚さんは、はじめアンチ岩波だった。だから山口昌男や河合隼雄といった、当時としてはよくわからない、傍流の著者たちを、積極的に重用した。その人たちが今を時めく寵児となり、いわば天下を取った形となって、それに連れて大塚さんも編集の役員になり、ついには社長にまで上り詰めたのだ。
 
今回、その全体を朗読してみて、改めて圧倒された。打ちのめされたといったほうがいい。ゲラのやり取りをしているあいだ、僕は大塚さんと普通に喋っていた。普通に喋らなければ、仕事にならない。ゲラを挟んで、ここはもう少し工夫した方がいいですよとか、文章の言い回しはこういうふうにすればいいとか、六百枚を超える手書きの原稿なら、そういうところは無数にある。
 
見出しも、小見出しからつけるのは大変である(これは当然、編集者、つまり僕が付けた)。ほかにも、校正者の手配もすれば、装幀家と打ち合わせもする。だから編集も相応の仕事はある。著者も、(内実はともかく)一応は編集者に感謝をする。これがつまり、編集の仕事である。
 
今回、編集の現場を離れて、純粋に読者として、この本を朗読してみた。
 
それで、例えばこういうところ。
「私は編集の基礎作業の一つとして、最低月に一度は神保町の北沢書店や三省堂で、洋書の新刊を確かめることを自分に課していた。併せてTLS(『タイムズ文芸付録』)やNew York Review of Booksに、図書室で必ず目を通すようにしていた。」
 
翻訳の新刊に、心を配る人は必ずいる。しかし、その心構えが違う。
「これは林達夫氏が教えてくれたことの一つでもある。つまり自らの仕事を常に国際的な水準に照らして測定する、ということだ。」
 
僕は全く駄目だった。海外の図書目録を、ただ漫然と見ているだけ。というか、いま編集者で、自らの仕事を、国際的な水準に照らそうとしている人が、何人いるだろうか。