どこを切っても山田太一――『月日の残像』(1)

これは荒川洋治の『過去をもつ人』で取り上げられていた本だ。

1回4000字でテーマは自由、季刊『考える人』に9年にわたって連載したものだ。テーマは自由といったって、そこは山田太一、一つのことをいろんな角度から眺め、さらに潜入すれば、外からも内からも陰影を帯びる。その陰影の帯び方が、山田太一らしい。
 
たとえば「下町と山の手」。
「中学の半ばから短い間『二度目の母』という人がいた。分りやすい美人ではないが上背のあるすらりとした人で、私はなによりその人の立居振舞いに、わが家にはない『品のようなもの』があることに気押されていた。」
 
山田太一と二度目の母、「分りやすい美人ではないが上背のあるすらりとした人」。なんだかドラマの一場面のようだ。中学生の山田太一は、なんとか仲良くしていこうと思う。

「しかし、父とうまくいかなかった。
 父は別の世界の女性に魅力を感じたのかもしれないが、同居すれば違いは魅力より不具合が大きくなった。」
 
こうして父と二度目の母との間は、うまくいかなくなった。そのときの山田太一の位置が微妙である。というか山田太一は中学生の頃には、「山田太一」の目を持っていたのである。

「義母は吐け口がなかったのだろう、私を相手にも父を批判した。そのいい分の大半を私はもっともに思ったが、一方でそんな変化を父に求めるのは無理だという気持も湧いて、不可能感に閉ざされた。」
 
この二度目の母は、中学生山田太一の天分を、我しらず見抜いていたのであった。

出版界の大きな間違い――『出版と政治の戦後史―アンドレ・シフリン自伝―』(3)

考えてみれば、日本の大手出版社はたいがい世襲だ。極端に言えば「天皇制」みたいなものである。これで「天皇」に、先頭に立って何かを言えというのは、無理な話だ(これとよく似た例で、「家業を継ぐ」というのがあるが、これは全然違う)。

世襲でないところは、敏腕な経営者がいて、その敏腕は、「利潤の最大化という新しいイデオロギー」に資するようにできている。しかし出版界では、「利潤の最大化」を第一目標にした場合は、「逆説」により必ず失敗することになっている。
 
ようは最初に、面白い本、価値のある本を、これは素晴らしい本だ、と言えればいいわけだけだけれど、それが言えない。いま上役に、できた本を持って行ったとき、これはいい本だねえ、といえる人が何人いるだろうか。まず百パーセントが、売れ行きの話をするに違いない。そこで勝負はついている。
 
本屋はいつから、出版の中身の話をしなくなったのだろう。もういちど、親身になって中身の話をするときまで、出版社は亡くなり続けるに違いない。
 
今回、あらためて『出版と政治の戦後史』を読んでいて、この本を出したときには考えてもいなかったことに思い至った。それは、ヨーロッパにおける移民の問題である。
 
戦後、植民地主義の過酷な支配が終わったとき、社会主義者であれ資本家であれ、その後どうなるかは、誰ひとり予想がつかなかった。「腐敗、私兵、民族紛争が必ずついてまわり、ヨーロッパへ不法移民がとめどもなく流入することになった。それはメキシコの貧困が、アメリカへの同様の移民を生んだのと同じことであった。」
 
この翻訳書の刊行が2012年、原書の刊行が2007年。この段階でシフリンは、つぎにヨーロッパが直面する課題を、正確にとらえている。この2,3年、ヨーロッパで起っていることを、10年以上も早くに予言している。
 
これは、ヨーロッパの知識人ならある程度は分かっている、というものでもないらしい。シフリンの住むフランスでも、ほとんど取り上げられなかったらしい。
「フランス国内ですでに第二世代、第三世代になっている旧植民地からの流入移民がどうなっているかも、論じられることはなかった。新聞社にはそうした移民出身の記者はいなかったのだ。」
日本だけではない。どこの国も、足元は弱いものなのだ。
 
訳者の高村幸治さんは岩波書店を定年になり、嘱託として引き続き、岩波の仕事を精力的にこなしておられた。その「訳者あとがき」に、僕を精一杯引き立ててやろうとして、こんな言葉が添えられている。

「ほとんど独力で小さな出版社を起こして十二年目。志を持って出版を続けるトランスビューの姿勢は、大出版社から独立してシフリンが興したニュープレスのそれと重なる。出版不況の大波の前に、多くの出版社が帳尻を合わせることに汲々としているなかで、本書はもっともふさわしい居場所を見つけたと言えるだろう。」
 
今となっては涙溢るる言葉だ。忸怩たる思いとはこのことだ。

(『出版と政治の戦後史―アンドレ・シフリン自伝―』
  アンドレ・シフリン、高村幸治・訳、トランスビュー、2012年9月5日初刷)