こんどは日本製ハードボイルド――『雪炎』

この本が出たのは、去年の初め。僕が病院で身動きできず、本という存在そのものを忘れていたときだった。それを思えば、いま本を読めるのは本当に有り難い。
この次に出た本が、『アンタッチャブル』なんだな。

『雪炎』は日本製ハードボイルドである。原発の地元で、反原発の市長選候補を支える、圧倒的に孤独なヒーロー。ハードボイルドだから、主人公は一人で決定し、一人で実行する。そういう者を造形するには、ひと工夫を要する。そこで、どこからも嫌われている、はぐれ者の元公安を登場させる。そこに女が絡み、友情が絡んでいく。もちろん、昔は思い合っていた女の殺人事件もはいる。

馳星周だから、人間にはやっちゃあいけないことがある、でもやってしまう、という「人間の条件」が必ず出てくる。ここではもちろん原発である。

「福島はあくまでも対岸の火事。こっちの原発には事故など起こりっこない。
 そう考えることの不合理に気づいていながら敢えて目をつぶる。未来の危険より今の金。」

これはもう総理大臣から日雇いまで(こういうのは差別かな)、わかっちゃいるけど止められない。「未来の危険より今の金」、いやあ、いい言葉だなあ。

ハードボイルドの男はまた、孤独な説教癖も持っている。
「今時の若者の思慮の浅さは驚くに当らない。それは、少なくともわたしにとっては痛ましい現象だった。深くものを考えることなく成長し、深くものを考えることなく社会人になり、深くものを考えることなく親になる。彼らが作り上げる未来がどんなものになるのかは、想像するだに恐ろしかった。」

もちろん、ハードボイルドとはいっても日本製である。主人公はたびたび金に困るし、美味いものに釣られるし、車は中古でオシャカになってしまう。いわばソースではなく、醤油や味噌で味付けがなされている、とでも言えようか。

考えてみれば、コメディの『アンタッチャブル』を連載しているとき、『雪炎』やそれ以外のものも、同時に連載していたのだ。そう思うと、Nやんの驚愕が伝わってきそうな気がする。

(『雪炎』馳星周、集英社、2015年1月10日初刷)