いま読むかと言われると――『ノンちゃん雲に乗る』

斎藤美奈子『文芸誤報』に、突然『ノンちゃん雲に乗る』が出てきたので思わず読んでみた。
しかしこれは、今読むには微妙だ。

僕が持っているのは「福音館創作童話シリーズ」の1冊だが、これはもっと前、1951年に同じ福音館から出ている。そして、「創作童話シリーズ」の1冊として、今でも新刊として書店に並んでいる。
こういうのは、どう紹介すればいいのだろう。

粗筋はこうだ。小学校の2年になったばかりのノンちゃんは、ある朝、お母さんと兄ちゃんが、自分に黙ったまま東京へ出かけたので、悲しくて泣いていた。そうして木の上から池の中の空を覗きこむうちに、誤って池に落ちてしまう。

ところがそこは、気がつくと水の空の上である。雲の上にはひげを伸ばしたおじいさんがいる。ノンちゃんはおじいさんに、家族や自分のことを問われるままに打ち明ける。

それが終わると、まるで雲の上は夢であるかのように、ノンちゃんは家で病気で寝ている。最後の1章は、ノンちゃんの十代後半までを駆け足で歩み、途中、戦争が挟まれている。

こういうのは、戦争が終わって6年、ともかくも難事を切り抜けてこられた、しかも戦前とちがって女も男も自由を謳歌できる、その背景がないとなかなかわからないと思ったのだが、違うか。

ちなみにこれは映画にもなっている。ノンちゃんは鰐淵春子、お母さんは原節子、雲の上のおじいさんは徳川夢声である。原節子が出ているからけっこう大作である、と言えるのかどうかはわからない。

僕は、この作品はどちらかといえば、迷うけれども、いま読んでもしょうがないと思う。では、なぜ、今も読まれるのか。それは一にかかって、タイトルのせいである。『ノンちゃん雲に乗る』という魅力的なタイトル、それは言ってみれば、そう、「シェーン、カム・バック!」という一語で、西部劇の一つの古典が定まったようなものなのだ(うーん、苦しい!)。

(『ノンちゃん雲に乗る』石井桃子、
  福音館書店、1967年1月20日初刷、2002年9月20日第50刷)