嫌なものでも必読の本はある――『日本会議の研究』

個人的には嫌なものを読んだ気が強くする。
もちろん著者が悪いわけではない。それどころか著者は孤軍奮闘、実によくやっている。

「日本会議」のことは、ときどき東京新聞で見かけた。安倍総理のブレーンという以外は、よくわからない。右翼だが素性が知れない。素性が知れないということは、その向こうに底なしの闇が広がっていて、場合によっては極端な話、人が消されたりすることもある。

そういうイメージが、ここでは完膚なきまでに叩き壊されている。
その叩き壊されたイメージを、ここでもう一度繰り返したくはない。憲法改正、夫婦別姓反対、反ジェンダーフリー・・・・・・、いささかうんざりする。詳細は本書を読まれたい。

社会革命が起こると、そのあと革命を巡って、物事を前に進めようとする側と、後ろに引っ張る側とが綱引きをして、落ち着くまでにだいたい90年くらいかかる。これは世代でいうと、三世代くらいである。安倍総理を旗印に、徒党を組んだ連中がいろいろと吹き上げているのは、だからよくわかる。

戦争直後の「革命」が、まだ70年ちょっとだから、これはもう少しかかる。そして、これからが厄介なのである。嫌なものを読んだ気がすると書いたが、しかし嫌なものでも必読の書物はある。これはそういう本である。
 
なおこの本はブログを集めたものだというが、それにふさわしくやや整理がなされていない。「日本会議」という、不気味だけれどチンケなものには、このくらい未整理なものがふさわしい、というのは具合が悪い。しかしこれは、むしろ横についている編集者の腕の問題か。

(『日本会議の研究』菅野完、扶桑社新書、2016年5月1日)