雨の昼下がり――『勁草』(2)

それからもう一度、タバコを吸い、また深々と吐いた。そして言った。

「主人公の橋岡はヤクザではないんやけど、オレオレ詐欺の常習者で、これとコンビを組むのんが、ちょっとイッてしもてる矢代や。それに対抗する警察が佐竹と湯川。最初に博打の借金で、オレオレ詐欺の元締めを矢代が殺してまうのが発端や。あとはまあ例によって例のごとくドタバタの追跡やけど、今度のはようできてる。」

そう言って、Nやんはまた煙草を燻らせた。
僕は口を挟まず、先を促した。

「構成が緻密やから、脇のどうでもええ話も生きてくる。たとえばこんな具合や。」
と、Nやんがバッグから本を取り出した。
「なんや、持ってきとったんか。」

「へへっ、まあ聞かんかい。刑事の湯川が痔のクスリを入れるところを、佐竹がからかう場面や。
『「座薬て、効くんか」
「けっこう効きますね。尻の穴にニュルッと入るときが気持ちがええんですわ」
「変態か、おい」
「いつも、よめはんに入れてもらいますねん」
「よめさん、嫌がるやろ」
「おもしろがってますわ」』
な、どや、おもろいやろ。」

「ふふ、まだ続きがあるんやろ。」
「ご明察。続き、行くで。
『けむくじゃらの尻を突き出すデブの夫、顔を近づけて座薬を差し込む痩せの妻。ホームドラマにはなりにくい場面だが、そこにリアリティーがある。』」
「そこまで書くか、リアリティーとまで」

「そこから飛んで、こういう場面もある。
『一度、新金岡の公団住宅に招かれて夕食をごちそうになったが、湯川の妻は色黒で脚の細い、炙りすぎたスルメのような女性だった。』」
「ははは、おもろいな」

「しかも、横道へ入ってヨタを飛ばしてるのは、全四〇〇ページのうちここだけや。せやからメチャクチャ効果がある。『勁草』、今度のときまで貸したる。」
しかし返してくれとは言ったことがない。これは僕が貸したときも同じことだ。

「すまんな。飯でも食うていけや。」
「いや、ええ。ちょっと様子見にきただけや。7時の新幹線で帰るわ。」
そう言うと、Nやんはそそくさと帰り支度をはじめた。

(『勁草』黒川博行、徳間書店、2015年6月30日初刷)