日本の負の縮図――『東芝の悲劇』(3)

東芝の原発は、ゼネラル・エレクトリックから、沸騰水型原子炉を技術供与されていた。そこに原発メーカーのウェスチングハウスが、加圧水型原子炉を引っ提げて、企業ごと売りに出される。

これを千載一隅のチャンスと捉えたのが、会長の西室泰三だった。両方の原子炉をもてれば、商売の上で鬼に金棒ではないかと、その当時は考えた。

西田厚聰もまた、東芝がウェスチングハウスを持てば、世界中で商売ができると考えた。そして三菱と競争して、あろうことか適正価値の三倍もの価格で買収している。

このとき、ウェスチングハウスは巧妙な罠を仕掛け、東芝と三菱を無理に競わせ、降りられなくさせたと言われている。

また両社の競り合いの背後には、経産省資源エネルギー庁の存在があって、「経産省は『日本勢で買え、買え』とうるさかった(東芝の担当役員)」、「エネ庁はGEに持っていかれるのを恐れていて『絶対に競り落とせ』という感じだった(三菱重工の関係幹部)」。

つまり東芝は(三菱重工もだが)、原発に関しては経産省と、二人三脚で歩を進めているのである。

ところがその後、次の佐々木則夫社長のときに、福島第一原発事故が起こり、世界からの原発工事の要請は止んだ。ウェスチングハウスは実に金食い虫で、あげくの果てには今年、2017年に経営破綻している。ウェスチングハウスに投資した資金は、まったくの無駄金だったわけだ。

こういうときに、原発の旗を振った経産省は、知らん顔である。中央の役所が後ろ盾だと、ある時期までは、たしかに心強かったかもしれないが、それでは世界規模の変革に、後れを取るのではないか。政治家や役人とスクラムを組むのは、ある時期からは、危険なことなのではないか。
 
東芝は、佐々木社長のときには、にっちもさっちも行かなくなっていた。リーマンショックに伴う世界経済危機が東芝を襲い、バイセル取引による粉飾決算は、どうにもならないところまで来ていた。決算の無理を暴き立てる、内部告発が続いた。

さらに悪いことに、佐々木社長は東芝へ入って以来、原発一筋だった。原発は過去のもの、という割り切り方は絶対にできなかった。
 
こうして東芝は、崩壊への道をひたすら走った。「一国は一人を以て興り、一人を以て滅ぶ。東芝で起きたことは、それだった。どこの会社でも起こりうることである。」この4人の社長は、東芝グループ20万人のトップというには、まるで足りなかったのだ。

元広報室長は「模倣の西室、無能の岡村、野望の西田、無謀の佐々木」と評した。東芝で起こったことは、一言でいうと「経営不祥事」、すなわち「人災」だった。

これが著者の結論だ。しかし、この本を読んでの私の考えは違う。
posted by 中嶋 廣 at 18:39Comment(0)日記

日本の負の縮図――『東芝の悲劇』(2)

西室泰三の「選択と集中」については、結果的に次の三代の社長が東芝を壊していったのだから、しかも「選択」の中に原発が入っていたので、もうどうしようもなかったが、しかし、ではそれ以外にどういうやり方があるか、と問われれば、はたと考えてしまう。

「西室が採用した社内カンパニー制はやがて、・・・・・・遠心力を強めていった。それぞれが『関東軍』のように独立性を高め、本社の経理や財務、人事などコーポレートスタッフが実情を把握しにくい伏魔殿が各カンパニーにできていく。
 ・・・・・・
 後の東芝粉飾決算問題で明らかになる各カンパニーの暴走とチェック機能の形骸化は、このとき西室が主導した組織・機構改革に遠因がある。」
 
本当に他にどんな手法があっただろう。あるいは「選択と集中」のやり方が、ずさんだったのか。私は東芝の経営者に、寄り添いすぎているだろうか。

次の岡村正社長は、西室泰三が会長として権限を振るうための置物にすぎなかった。この間にITバブルが崩壊し、またパソコンの大幅な値崩れが起こっている。ITバブル崩壊については「東芝の半導体部門には設計力も製造力もあるが、半導体部門のトップがタイミングを見た投資決断ができない」ということであった。
 
パソコンについては取締役の西田厚聰が、決算の赤字をたちまち黒字にしている。大赤字のパソコン事業を劇的な黒字に立て直し、東芝社内では「西田の奇跡」「西田マジック」とよばれ、岡村の次の社長を確実なものにしている。
 
しかしこれには、じつはカラクリがあった。「バイセル取引」という「安く調達した部品を各台湾メーカーに売って(セル)、彼らに組み立ててもらって完成品のパソコンになったあかつきには東芝が買い戻す(バイ)」という、これ自体は適法な取引を、極端な数字を当てはめ、四半期の決算ごとに黒字にすり替えるというものだ。
 
これは、西田社長がパソコンを海外で売りまくったがために、それが勲章となり身動きが取れなくなっていく。さらにアメリカからリーマンショックが襲いかかり、粉飾決算は恒常化した。
 
また西田社長のときに「チャレンジ」と称して、より高い目標を設定させ、それに無理やり到達させることが行われた。このときも、生産額は今期中に計上し、経費は次期に繰り越す、という経理操作が行われている。

もちろん、こんなことをしてもしょうがない。けれども、決算があって数字で成績が出るときには、苦し紛れに近視眼的にやってしまうかもしれない。しかしこれを、たとえば「バイセル取引」で、社長自らが率先してやっていては、どうしようもない。
posted by 中嶋 廣 at 18:20Comment(0)日記

日本の負の縮図――『東芝の悲劇』(1)

これは労作である。著者の大鹿靖明は朝日新聞の記者で、前著『メルトダウン―ドキュメント福島第一原発事故―』は、講談社ノンフィクション賞を受賞した。これがあまりに鮮烈な印象を残したので、今度の本もすぐに読んだ。実に読みごたえがあり、二度目は細かいところまでじっくり読んだ。

これは東芝という、かつての名門家電メーカーが傾き、今に至る惨状を、歴代・四代の経営者を中心に活写したものである。

「その凋落と崩壊は、ただただ、歴代トップに人材を得なかっただけであった。彼ら歴代トップは、その地位と報酬が二十万人の東芝社員の働きによってもたらされていることをすっかり失念してきた。
 それが東芝の悲劇であった。」
 
著者はプロローグで、最初にそう結論付けている。
 
しかし、私の結論はそうではない。なぜ著者と、結論が同じでないのか。しかも著者の、この一冊だけを読んだうえでの感想なのだ。これはちょっと解きほぐすのが難しいけど、とにかくやってみよう。
 
そもそも東芝は、その前段階からすれば百年以上続いた名門会社であり、戦後間もなくの経営者、石坂泰三や、70年前後の土光敏夫は、その後、経団連会長を務めている。
 
城山三郎は『もう、きみには頼まない―石坂泰三の世界―』で、「財界総理」として君臨した石坂のことを書いた。私は読んでいないけど、出てすぐのころは、ベストセラーになったはずだ。
 
土光敏夫は、「メザシの土光さん」として有名だった。経団連会長や第二臨調会長として合理化に腕を振るった土光は、家では朝、メザシを食べていた。それが「清貧」だとして話題になったのだが、でもよく考えれば、年寄りにはよく似合った朝飯の光景だった。
 
東芝の経営者は、このころまでは単なる経営者ではなく、そこからもう一ランク上の、一般の人が尊敬し仰ぎ見る、社会的名士だった。

それが傾きだしたのは、1996年に西室泰三が社長になったときからだった、と著者は言う。西室は「選択と集中」をスローガンに、М&Aを用いて東芝グループ内の事業を再編した。「原発から家電や半導体まで手がける総合電機メーカーは兵站線が伸びきっており、主戦場を限定してそこに経営資源を投入しようとした。」
 
この「選択と集中」は、東芝本社を分割化して、重電、家電、情報通信、電子部品の4つのカンパニーを、持ち株会社にぶら下げようとするものであった。これは結局、後に原発とパソコン、半導体に集約されることになる。そして原発とパソコンについては、言いようもないほどの惨状を見ることになる。

なお西室社長の時代は四年間、業績は悪化し続けている。けれども西室泰三は、社長の次は会長として、腕を振るい続けた。

「西室は、財界トップの経団連会長ポストこそは逸し、副会長に終わったものの、財務省の財政制度等審議会会長、内閣府の地方分権改革推進会議議長、東証の社長、会長、そして日本郵政社長と高位顕職を歴任した。戦後七〇年のこの年は、安倍晋三首相の『談話』のために設けられた『21世紀構想懇談会』の座長役も務めた。」
 
著者は、このような「高位顕職の歴任」に対して、「位人臣を極めた者のモニュメントのようである」と、バッサリ切って捨てている。
posted by 中嶋 廣 at 18:54Comment(0)日記

ときどき微妙に面白い――『みずいろメガネ』(2)

中野翠という人はいかにも「小もの」、というとトゲがあるが、どこにでもいるオバサンの風情で、そこが週刊誌のコラムニストを名乗る理由でもあるのだが、しかしまたどこにでもいるオバサンふうというだけでは、週刊誌のコラムを書いて××年というわけにはいかない。

「なぜ歳相応の重厚味や熟成感が身につかないのだろうと考えると、どうやら根の深い臆病さとものぐささから来ているように思われてならない。
 臆病とものぐさゆえに本能的に危険なことや厄介なことから身を避けてしまう。『人生』というものの持つ深淵に身を投じるのは恐ろしく、また、面倒くさく、波打ち際か浅瀬でポチャポチャ遊んでいたいと思ってしまう。やっぱり人は苦しみの中から成熟してゆくものなんですよね。
 ・・・・・・
『マイ・ウェイ』を朗々と歌いあげる資格はないけれど、苦笑まじりに軽い鼻歌を歌うことはできる。私が仕事で書いているものは、そんな鼻歌のようなものばかりだ。臆病でものぐさな人間でなければ歌えない歌もある――と無理にでも思いたい。」
 
この「無理にでも思いたい」というところが、ちょっとひねりがあり、しいていえば彼女の意地である。
 
またこれは単行本にするときに、付録として入れた補遺で、住宅のCMで剛力彩芽を知ったときのこと。

「エッ?!と驚いた。なんだかスチール製のギザギザバリバリした造花を思わせるような、ちょっとコワイ名前じゃないの。」
 
これはうまい。まるでジャック・プレヴェールの詩の一節ではないか。
 
そのほか小沢一郎の人物について、疑問を呈しているところもある。要するに、何をしたいかがよくわからない。それを正面を切らずに、いわば斜め下から切ってみせる。

「私は小沢一郎のネクタイの結び目(ノット)が気になってたまらないのだ。おうおうにしてデカイ。」
 
いやあ、そうくるか。これはもう、「結び目」に目を付けたところで、勝負あったというべきだろう。

「フロイト流に言ったら、たぶんネクタイは『男性性』の象徴なんじゃないか。大物の男っぽく見せたいという虚勢が自然とネクタイのノットに表れているかのようだ。」
 
大物風を装っているかのようで、しかし何をしたいのかはよくわからない。私にもよくわかるように、だれか端的な言葉で教えてくれえ、というのがオチである。
 
中野翠はそんなふうに、微妙に面白い。

(『みずいろメガネ』中野翠、毎日新聞社、2012年12月25日初刷)
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ときどき微妙に面白い――『みずいろメガネ』(1)

『あのころ、早稲田で』の項で、中野翠を読むのは初めてだと言ったら、編集者のО君が、「信じられない。ちょうど会社の引越しで片づけものをしていたら、中野翠が出てきたので上げるよ」。
 
それで『みずいろメガネ』を貰って読んでみる。これは、菊地信義さんの装幀を覚えている。涼しい、いい装幀だった。買おうかどうしようか迷った記憶がある。が、けっきょく買わずにすませた。そういう本とご対面である。ちょっとドキドキする。
 
しかし読み進めていくと、そんなに面白くはない。といって、それほどつまらなくもない。微妙である。

週刊誌のコラムの連載は、後から時間が経ってみれば、こういうものなのだろうか。言っておくのを忘れたが、これは『サンデー毎日』のコラムをまとめたものだ。
 
そんな中に、ときどき面白い話が混じっている。旧友・呉智英との会話。

電話でよくあるのは、著者の場合は結婚相談所だとか、お見合いサークルとかの押し売り電話だが、それがある時期から、墓所・霊園のセールス電話に変わった(年齢ですなあ)。
 
著者はもちろん「結構です! 間に合ってます!」と言って切る。でも呉智英は、そんなそっけないことはしない。

「少しは会話のやりとりをして、相手が『お宅の御宗旨は?』と聞くと、待ってましたとばかり『ゾロアスター教です』と答えるのだそうだ。」
いやはや、抱腹絶倒ですな。
 
あるいは、2011年に観た映画の中から、ベストテンを選ぶとき。10本目に、アニメーションの『イリュージョニスト』が入っている。

「いやー、期待を裏切らない美しさ。主人公の老手品師の体の動きの『芸術的!』なことと言ったら。風景にも人物にももの悲しい詩情があふれている。うっとり。」

どうして『イリュージョニスト』に反応したかというと、じつはこの年に僕が観た映画はこれ一本のみ。そして確かに、「うっとり」する映画なのだ。
 
でも中野翠は、ときどき文章を書いていて、ずさんな点がある。例えば、次のようなところ。

「増位山は歌のうまい元・力士だけれど、『そんな女のひとりごと』という名曲があって、私はなぜかその歌が好きなのだ。」
 
これは「元・力士だけれど」というところがまずい。「だけれど」というところの前と後が、逆接の関係になっていない。「増位山は歌のうまい元・力士で、」、あるいは「増位山は歌のうまい元・力士である。」としておけば、よかったのに。

でもまあこんなところを取り上げても、小言幸兵衛になるばかりだ。要は、校了にしている編集者もずさんなのだ。
posted by 中嶋 廣 at 17:51Comment(0)日記

血沸き肉躍る!――『新聞記者』(4)

著者は、森友・加計問題のような、大きな政治的テーマとは別に、レイプ被害にあった伊藤詩織さんにもインタビューしている。

伊藤さんは、このときはまだ「詩織」という下の名前しか公表していなくて、後に『ブラックボックス』という、性被害を描いた単著を刊行するときに、「伊藤」という上の名も公表している。

「会見での話や関係者への取材によれば、詩織さんは2015年4月3日に都内で山口〔敬之〕氏と会食し、その後、記憶をなくしている状態でホテルで暴行されたという。」
 
相手はTBSでワシントン支局長などを務めた政治部記者で、退社後はフリージャーナリストに転身していた。詩織さんは、同じ道を歩む先輩に話を聞きにいって、暴行を受けたのだ。
 
詩織さんは警察に訴え、警視庁は準強姦罪で告訴状を受理した。捜査員は、アメリカから帰国する山口氏を、成田で捕まえようと待っていた。しかしその直前、上層部から指示があって、逮捕は取り止めになる。
 
なぜか。山口敬之氏は、安倍晋三首相の近くにいて、安倍首相を礼賛する著書を、複数出していたのだ。
 
もちろん逮捕が取りやめになった、理由はわからない。因果関係があったかどうかもわからない。その理由がわからないからこそ、それを取材するべく、新聞記者がいるのだ。
 
こうして、レイプ被害という極めて個人的な事件が、安倍首相及びその周辺に波及していく。
 
結局、前川喜平前事務次官も、フリージャーナリストの詩織さんも、「社会的に抹殺されるかもしれないリスクと背中合わせで疑惑を告発している。2人の勇気をだまって見ているだけでいいのか。遠くで応援しているだけでいいのか。私にできることは何なのか」。
 
こうして新聞記者という職業は、著者にとって天職になっていく。
面白いのは、読者の方もそれに応えていくところだ。

「うれしいことに東京新聞にも、大きな反響が寄せられていた。
6月8日からの一週間で、約50部の新規購読の申し込みがあった。お客様センターへは私に対する激励の電話が数多くかかり、編集局宛に手紙も届けられるようになった。ここまで多くいただいたのは記者人生ではじめての経験だ。」

うーん、たった50部かあ、というなかれ。新聞の部数が増える話は、ここ数年で初めて聞いた。

でも「あとがき」で、望月さんは気になることを書いている。

「私はといえば、社内外から集中砲火を浴びることも増えた。記者として知りたいことを聞いているだけなのに・・・・・・頑張りたいけど意味あるのかな・・・・・・なぜこれほど叩かれるんだろう・・・・・・こんなことならもう会見に行くのはやめようか・・・・・・弱気な思いが何度も何度も頭をよぎる。」
 
気になるのは、「社内外から集中砲火」というところだ。望月さんは、ギリギリのところで耐えているのだ。

僕は何の力にもなれない。でもこれだけは約束する。望月さんがいる限り、東京新聞はやめない。そして、彼女が地団太を踏んで辞めるようなら、そのときは東京新聞を止めようと思う。

(『新聞記者』望月衣塑子、角川新書、2017年10月10日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 18:45Comment(0)日記

血沸き肉躍る!――『新聞記者』(3)

著者はその後、森友問題を取材するチームに、社会部から一人だけはいっている(森友問題のメインは政治部である)。そうして、安倍首相の夫人・昭恵さんから受け取ったという現金100万円を、森友学園の郵便振替口座に入金するその受領証を、カメラで写して、編集部へ送信した。
 
ちょうどそのころ著者は、母の死に遭遇している。母は、限りなく大きな存在だった。

「中学2年生のときに吉田ルイ子さんの著書『南ア・アパルトヘイト共和国』を母が進めてくれなかったら、報道に携わる仕事にはきっと就いていなかった。
もっとさかのぼれば、小学生のころに演劇の楽しさに魅せられ、一時は舞台女優に憧れたのも、母の影響を強く受けていたからだった。」
新聞記者というのも、場合によっては、一代でできる仕事ではないのだ。
 
森友問題を追いかけ始めたころ、「愛媛に第2の森友問題がある」という指摘が飛び交っていた。加計学園の獣医学部新設に関する疑惑である。今度はこのチームに入った。
 
何か突破口はないかと思案していると、読売新聞が目を疑うような記事を出してきた。
「前川前次官 出会い系バー通い 文科省在職中、平日夜」
 
紙面を見ると、首相官邸と対立している前川喜平前事務次官が、怪しい罪を犯したか、と早とちりするような記事だが、じつは何も確定したことは述べていない。
 
僕が思うに、これは安倍首相の「お友だち」である読売新聞が、援護射撃を狙った、典型的なガセネタとも言えないヨタキジである。
 
さっそく著者は、前川前次官にインタビューしている。この中で前川さんは、出会い系バーを「探検」していて、少しそれるかもしれないが、こんなことを話している。

「出会い系バーで話をした女性のなかには、高校卒業資格をもっていないケースも少なくなかったという。ほとんどが数学の単位を取得できずに挫折し、生きていくための日銭を稼ぐために出会い系バーに出入りしているとも聞かされた。」
 
ここまでは、如何にも文科省のキレモノ次官が言いそうなことだ。その次を読んで、僕は仰天した。

「『日本の高校教育における数学は難しすぎるんじゃないかな』
 場合によっては高校の卒業資格から数学を排除してもいいのではないかと文部科学省内で主張したこともあったが、相手にされることはなかったそうだ。」

『新聞記者』の本筋からは外れるので、この話はここでおしまいになるが、この前川前事務次官の、数学を高校の卒業資格から除外を、という提言は、真に画期的なことだ。角川新書の編集者には、次は前川前事務次官が執筆者で、『数学よさらば―新しい高校卒業資格の提案―』(仮)というのを書いてもらいたい。もう少し加工すれは、爆弾のような新書になると思う。
posted by 中嶋 廣 at 20:42Comment(0)日記

血沸き肉躍る!――『新聞記者』(2)

著者は千葉支局、横浜支局と渡り歩き、そこで汚職を摘発したり、また「日歯連」の汚職に関しては、取材源の秘匿をめぐって、東京地検の取り調べまで受けている(もちろん検察が、著者の取材源を特定しようとしても、それは絶対に明かすことはできない)。

面白いのは、取材費の使い過ぎを、素直に反省しているところだ。

「実は少し前から、取材経費を使いすぎていると会社側から注意を受けていた。ハイヤーと、関係者との会食代だ。
 ・・・・・・
 張り込みに際しては、ハイヤーをかなり使っていたとはいえ、大いに反省すべき点はある。たとえば取材以外の所用で2、3時間抜けるときでも、ハイヤーをそのままキープしていた。夜の取材が長引き、夜が明けてからの朝駆け取材も早いときには、数時間だけおいて、すぐまたハイヤーを手配していたこともあった。」
 
そこで会社から睨まれたわけだが、しかしそもそも新聞記者の場合、適正な経費の使い方というのは、あるのだろうか。取材の一番根幹に関わってきそうなところだが、新聞記者の経費の使い方について、突っ込んだ議論をしたものは、読んだことがない。
 
その後、著者は整理部からさいたま支局に移った。この1年半は、心身ともに充実していたという。たぶん取材をしない整理部という部署が、いったんはタメの時期になり、よかったのだろう。
 
著者はさいたま支局で、虐待事件を取材したことがある。母親が育児放棄して、子どもは糞尿の中で、遺体で発見されたという。けれども取材をしていくうちに、母親もまた、その母親に幼少のときからネグレクトされ、母親となってからは、子育てに関し相談できる人もなく、孤立していった。これは「鬼母」などという言葉では、捉えきれない事件だ。

「つらい事件では思いが積もる。しんどくなって、車の中で行きも帰りもよく泣いた。新聞記者は実際に涙を流すかどうかは別にして、だれもが泣いているのではないかと思う。」
 
新聞記者のこういうところも、初めて見た。実際に仕事で泣く記者が、望月さん以外に大勢いるのだろうか。実に興味津々だ。

これを読んで、新聞記者を志す人は、必ずいると思う。マスコミはネットにしてやられて、気息えんえんだが、救世主現わるというところか。
 
著者はその後、結婚し子供も生まれる。そうなると出産前と違って、夜討ち朝駆けの取材はできない。夜中に、何度も泣き声を上げる子に授乳していると、寝不足にも悩まされた。
 
戦力にならずに、参ったなあと思っているとき、経済部の部長が、腰を据えて調査報道をやってみれば、と声をかけてくれた。ここから、あの『武器輸出と日本企業』が生まれたのだ。
 
とはいっても、三菱重工業をはじめ、中小企業や下請けに至るまで、「東京新聞の望月という記者には気をつけろ、取材に応じるな」というお触れは回っていた。それでも、そこを突破して取材をする。

「取材を重ねていると『本当にこれでいいのか』と私と同じような疑問や懸念を覚え、匿名を条件に取材に応じてくれる官僚や研究者、企業関係者がちらほらと出始めた。」
 
そういう声を丹念に集めて、『武器輸出と日本企業』は出来たのだ。
posted by 中嶋 廣 at 17:49Comment(0)日記

血沸き肉躍る!――『新聞記者』(1)

これは思いきった企画だ。東京新聞記者・望月衣塑子(いそこ)は、前著『武器輸出と日本企業』で一躍名を高からしめた。そこでは、刻々と変わる武器輸出企業を相手取って、それを新書にするという離れ技を、鮮やかに決めている。
 
それが今度は『新聞記者』。著者は40歳を過ぎたばかりのはずだから、この企画が著者から生まれるはずはない。とすれば、言い出しっぺは編集者か。
 
著者は今年の6月6日、初めて菅義偉官房長官の定例会見に出た。そこで森友・加計問題の取材チームの一員として、文科省の前事務次官・前川喜平に関する質問をした。

それから二日後にも、質問をした。このときは通常5分で終わる定例会見が、37分間に及んだ。そこで望月衣塑子は一躍名をあげたのである。
 
しかし僕に言わせれば、著者以外の記者が、これまでまったくなっていなかった。菅官房長官の受け答えは、人を小馬鹿にしたもので、記者たちは憤然と怒っていいはずのものだ。

通常、人の目を見て、真剣に懐に飛び込み、言葉を尽くして相手を巻き込むのが、コミュニケーションの王道である。
 
それを、菅という人は、なんなんだろう。一日何回か、全くやる気を感じさせず、しょうがなくて受け答えをしている(ように見える)。これでは、若い人が「さあ」「べつにぃ」と、真似してもしょうがない。

小さい子がいれば、この人のやる気のない記者会見を見せるのは、本当に教育に悪い。ずっとそう思ってきたから、望月記者の登場は溜飲が下がった。
 
著者は中学生のときに、フォトジャーナリストの吉田ルイ子に会い、これが決定的な出会いになる。

「興奮しながら握手を交わした右手から、しびれるような何かも伝わってきた。私も吉田さんのように、世界を歩き、社会の矛盾、困っている人たちの生(なま)の姿を伝えられるような仕事、生き方ができたら――」
 
ここから、新聞記者という仕事までは一直線だ。新聞をはじめマスコミの入社試験では、著者は軒並み落ちた。けれども、東京新聞一社あれば、いうことはない。この人はドンピシャのところに入ったのだ。

実際、記者が堂々と正論を吐くことができるのは、今のところ東京新聞しかない(と書いといて大丈夫だろうな、東京新聞)。
posted by 中嶋 廣 at 17:46Comment(0)日記

これは凡作――『盤上の向日葵』

これは書評を書くのをためらった。あまりの凡作は、さすがに書く気がしないし、また書いても意味がない。

しかしこれは東京新聞の、藤井聡太四段の特集記事の関連で出ていたもので、つい読む気になるかもしれない(僕がそうだ)。それでひとこと言う気になった。『盤上の向日葵』の「盤上」は、将棋の盤である。
 
主人公の男の子は、幼くして母親を亡くし、父親からは虐待を受けている。それで大学へ入るときに、父親とは縁を切り、そのまま実業界に入り、一躍寵児となる。ちなみに大学は東大、学部は文Ⅰである。

ここまでの経緯がすでに嘘くさいなあ、と思わせるのに十分である。これは、よほど特異な文体を持っていなければ、読者を引きこむことはできない。
 
もっと嘘くさいのは、その先である。この男は子供のときから、将棋の異常な才能があった。そこで篤志家が、奨励会を受けさせようとするのだが、父親の反対で駄目になる。
 
けれども異常な才能は、いずれ芽を出さずにはいられない。それで実業家の地位を放り投げて、特例で将棋の世界に飛び込み、ついに第一人者と覇を競うまでになる(ここまでで、やってらんない、そんなバカな、だね)。
 
この話は、刑事二人が犯人を追う現在形と、主人公の回想とが、各章交互になっている。その刑事も、真面目な若い刑事と、中年のはみ出しデカで、絵にかいたような凡庸さ。
 
通常、将棋に本物の才能のある人は、高校へ行こうかどうしようか、迷うものである。大学になるともっと迷う。そのくらい、将棋の才能は特異なものだ。
 
そういう普通に迷うところから、何段階か飛び越えて、読者を小説世界に連れてこなければならない。
 
たとえば佐藤正午の『月の満ち欠け』は、同じ女が死んで三度、生まれ変わる話だった。そんなバカなと言っても、読み出せば、やめられるものではない。佐藤正午でも読んで、一から勉強し直すことだ。

(『盤上の向日葵』
 柚月裕子、中央公論新社、2017年8月25日初刷、9月25日第四刷)
posted by 中嶋 廣 at 18:30Comment(0)日記