冷静に、ひたすら冷静に読む――『Black Box ブラックボックス』(3)

その後、著者と山口敬之氏との間で、緊迫したメールのやり取りがあり、また原宿署の担当刑事の努力もあって、山口氏は、アメリカを発って日本に入国してきたところを、逮捕されることになった。
 
しかしその直前、逮捕は取り止めになる。著者が頼りにしていた刑事は、担当を外され、この事件を管轄していた検事も、担当を外された。これは、まったく異例のことだという。
 
この事件は、警視庁が扱うことになったのだ。
 
著者の弁護士は、この話を聞いて、「こんなテレビドラマみたいな話が本当にあるのか」と驚いたという。逮捕状を取って、逮捕される直前に、取りやめになるというのは、あまりに不自然だからだ。
 
逮捕状は、なぜ執行されなかったのか。
「上層部の一言で裁判所の決定が覆され、逮捕が行われず、捜査が闇に葬られてしまったのだとしたら、それは徹底的に問うべき問題であった。」
 
ここではじめて、山口敬之氏と、安倍晋三首相の話が出てくる。

「山口氏は、検事による聴取から四ヶ月ほど経った二〇一六年五月三十日、TBSを退社した。ひと月後、安倍首相について書いた『総理』(幻冬舎)という本を上梓し、コメンテーターとして、さかんにテレビに登場するようになった。」
 
つまり、こういうことのために、逮捕は見送られたのではないか、というのが、著者の推測するところである。
 
しかし、一国の最相、またはその周辺が、いくら提灯記事を書いてくれたからといって、その記者が犯したレイプ事件を、握り潰すだろうか。
 
でも著者と一部マスコミは、はっきりそういう道筋を示している。

「『山口逮捕』の情報を耳にした本部の広報課長が、『TBSの記者を逮捕するのはオオゴトだ』と捉え、刑事部長や警視総監に話が届いた。
 なかでも、菅(義偉)官房長官の秘書官として絶大な信頼を得てきた中村格刑事部長(当時)が隠蔽を指示した可能性が、これまでに取り沙汰されてきた。」(「週刊新潮」2017年五5月18日号、著者による抜粋)
 
これは相当、踏み込んだ書き方だ。森友学園や加計学園の場合は、いかにも程度の低いごたごたが起きているけれど、しかし、その程度の低さ加減も含めて、これはいかにもという気がする。

それにこれらは、法に定めたことに違反しているかどうかの、法定犯罪にかかわる事件だ。

けれども、こちらは「レイプ事件」である。森友や加計とは、まったく水準が違う。
 
著者はあるとき、知人のジャーナリストから、こんな連絡をもらった。

「政府サイドが各メディアに対し、あれは筋の悪いネタだから触れないほうが良いなどと、報道自粛を勧めている。
・・・・・・なぜ政府サイドがここまで本件に介入する必要があるのか、不可解。」

「政府サイド」が、マスコミに圧力をかける。よしゃあいいのになあ。こういうのを、馬脚を露わすという。
posted by 中嶋 廣 at 17:49Comment(0)日記

冷静に、ひたすら冷静に読む――『Black Box ブラックボックス』(2)

その前に、タイトルについて述べておこう。『ブラックボックス』は、密室の中で起こったことは、第三者には分からないということ、つまりこれは「藪の中」を指す言葉だ。

これは著者の言葉ではなく、検事がこの事件のことを指して、呼んでいたのだという。

事件が起こったとき、どこにも相談することができない、というのが、この本を書いた最初の動機だ。心身に最大のダメージを受けているとき、自力で適切な病院を、探さなければいけないのは、じつに困難なことだ。

ネットで、性暴力の被害者を支援するNPOを見つけて、電話したけれど、とにかく一度出かけてこなければ、相談に応じないと言われて、そのときの著者には、気力が残っていなかった。

「そうしている間にも、証拠保全に必要な血液検査やDNA採取を行える大事な時間は、どんどん過ぎ去っていた。当時の私には、想像もできなかった。この事実をどこかで知っていたら、と後悔している。」
 
だから、他の女性のために、いや女性のためとは限らないわけで、この本を書いている。

「電話での問い合わせに対し、簡単な対処法さえ教えないのは、今考えても納得できない。公的な機関による啓蒙サイトを作り、検索の上位に上るようにするだけでも、救われる人はいるのではないか。」
 
これが著者の、最も訴えたいことなのだ。
 
と同時に、顔見知りにレイプされても、それを認めたくないという、独特の心理の陥穽も経験している。

「この時点では、強制的に性行為が行われていたことはわかっていても、それがレイプだったと認識することができなかった。普通に考えればそうだったのだが、この時の私はどこかで、レイプとは見知らぬ人に突然襲われるものだと思っていたのだろう。そしてどこかで、レイプという被害を受けたことを、認めたくなかったのだと思う。」
 
これは一般に言われることだが、教育によって、変えていくしかないのだろう。

「デートレイプドラッグ」については、著者と山口氏とで、もっとも主張が割れるところだ。そして著者は、デートレイプドラッグが用いられたということを、確信している。

「インターネットでアメリカのサイトを検索してみると、デートレイプドラッグを入れられた場合に起きる記憶障害や吐き気の症状は、自分の身に起きたことと、驚くほど一致していた。」
 
もしかりに、デートレイプドラッグを疑ったとしても、それは一回の使用で、すぐに体内から出てしまう。そうすると、本当はどうすればよかったのか。

「私は『とにかく、早くその場から離れたくて飛び出してしまったけれど、ホテルから110番すべきだった』と後悔した。」
 
それはそうかもしれない。しかし、「レイプ慣れ」した人ならともかく、そんなふうに、冷静に処理するのが無理なことは、言うまでもないと思うが、どうか。
posted by 中嶋 廣 at 17:16Comment(0)日記

冷静に、ひたすら冷静に読む――『Black Box ブラックボックス』(1)

これは、よく本にしたと思う。著者の伊藤詩織さんも、苦しいところをよく書き上げたと思うし、文藝春秋も、話題を呼ぶことは必至とはいえ、時の首相の側にいる人間たちを向こうに回し、正面から喧嘩を売ったのだから、やっぱりよくやると思う。
 
問題は、大まかに三点ある。
一つは、当時TBSのワシントン支局長の山口敬之氏が、著者をレイプしたのかどうか。

二つめは、著者は少なくともレイプされたと信じたのだが、その場合、すぐにどこに駆け込めばよかったのか。

三つめは、山口氏に逮捕状が出ていたにもかかわらず、なぜ直前になって、逮捕は取りやめになったのか。
 
伊藤詩織さんが、この本を書いた直接の動機は、二つめの点にある。

「繰り返すが、私が本当に話したいのは、『起こったこと』そのものではない。
『どう起こらないようにするか』
『起こってしまった場合、どうしたら助けを得ることができるのか』
 という未来の話である。それを話すために、あえて『過去に起こったこと』を話しているだけなのだ。」
 
後の二つのことは、じつはこの本では、どうにもならない。というか、最終決着はつけられない。
 
本の帯に、「真実は、/ここに/ある。」とあるが、レイプ事件そのものに関しては、著者からみた真実であって、山口敬之氏は当然、正反対の主張をするだろう。
 
山口氏も、言論を武器として戦っているのだから、当然反論をすべきだ。レイプ事件の場合、女性がレイプされたと言い、男は和姦だったと言う。

つまり裁判所の中では、みずかけ論で終わりやすいのだが、この場合は、男女二人とも、言論を武器として戦っているわけだから、裁判所とは別の、公けの舞台を、設えることができる。

そして伊藤さんは、その舞台に勇躍、身を投じたのだ。こんどは山口氏の番だ。ここで出ていかなければ、まさに男がすたる。ここで逃げ隠れすれば、これから一生涯にわたって、「レイプ魔」と呼ばれることになるだろう。それは堪えられないはずだ。

その意味で、まだ幕は切って落とされたばかりなのだ。

三つめの、逮捕状が出ていたにもかかわらず、なぜ直前になって、逮捕は取りやめになったのかについては、これはややこしい。

その前に、まず本書を順番に見ていこう。
posted by 中嶋 廣 at 14:39Comment(0)日記

内側から見れば――『庭のソクラテス―記憶の中の父 加藤克巳―』(3)

しかし結局は、血筋なのだろう。長澤さんの祖父も、新しいものに関心が強かったという。
 
父は、旧制浦和中学の十代半ばのころ、謄写版刷りの同人誌を出したりしていた。それらはやがて、「体系もヒエラルキーもない雑多な体験や知識、位相やジャンルの異なるさまざまな人々やことがらが共存」したまま、それが形を変え、歌になっていったのだ。
 
しかし加藤克巳の歌が、一瞬変わったときがある。それは妻を見送った、長澤さんからすれば、母を看取ったときだ。

「難解な歌人」とは裏腹に、このときは、直接的でナマな歌に溢れている。これはどういうことなのか。

「おそらくなるべく具体的に、なるべく直截にいわばベタな表現で歌にすることは、新たに独り者としての生活を立ち上げ、整えるために、父が自ら考えたグリーフケアの処方箋であったのではないだろうか。」
 
この時期の歌を、ぜひ読みたい。長澤さんは、「この一時期の歌が良い歌かどうかは私にはまったくわからない。何しろあまり読んでいないのだから」といわれるけれど、ここは是非とも数首、挙げてほしかったと思う。肉親であることを超えて、加藤克巳の心理の底に、肉薄してほしかったと思う。

いや、大層にいう必要はない。数首挙げておけば、あとは読者が判断するだろう。
 
終わり近く、加藤克巳が亡くなる前の病室で、長澤さんは、俳句雑誌を見ていて、山口誓子の句を、声に出して読んだ。

「蛍獲て少年の指みどりなり」
 
すると、それまでまどろんでいた父が、やにわに反応した。それは「獲て」ではなくて、「飛び」のほうがいいという。つまり、山口誓子を添削したのだ。

「蛍飛び少年の指みどりなり」
 
この違いが、分かるだろうか。微細な差だが、決定的に違う。
 
誓子の句では、少年の手の中のホタルが、指を透かして「みどり」に輝いている。
それに対し、加藤克巳の句では、少年は蛍を獲ったわけではない。少年の指が、なぜ「みどり」なのかは、直接的にはわからない。

「ただ、水辺で輝く蛍を追っている少年の白くて薄い指が、光を映してかみどり色に輝いているように見える、と突き放している。」
 
素直に意味が通るのであれば、それは父の歌ではないと、長澤さんは言う。

「発想は必ず、意味や脈絡を『飛び』こえ、遊んでいるのが私にとっての父なのだった。」
 
この病室の一場面だけでも、この回想には、はかり知れない価値がある。

(『庭のソクラテス―記憶の中の父 加藤克巳―』
 長澤洋子、短歌研究社、2018年1月8日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 14:08Comment(0)日記

内側から見れば――『庭のソクラテス―記憶の中の父 加藤克巳―』(2)

鋭角的で、モダニスト歌人といわれた、加藤克巳を予測していると、この本は最初から、背負い投げを喰わせる。

「これは、昭和のある時期に、家で子どもたちをよく笑わせてくれた面白い父親のものがたりである。」
 
戦前の「威厳ある昭和の父」とは、まったく関係のない、快活な物語が始まる。
 
長澤さんは幼い頃から、父に、「面白い」とか「ステキだ」という言葉を、聞かされて育った。ひょっとすると父は、自分に向かって、そう言っていたのかとも思う。

「世界がそんなに『ステキ』で『面白い』ことに満ちていないのは、大人になるにつれ私もだんだんと知るようになる。しかし身体に刻みこまれたこの長調のトーンは今手でもふと蘇ることがあり、心がやわらぐ。」

「昭和の父」でも、こんな人もいるんだ。いや、昭和ではなくて、大正一桁の生まれだった。戦前に青春時代を送り、しかもモダニズムに触れたことは、それほど大きなことだった。
 
長澤さんのお母さんの方も、田舎の出とはいいながら、ロマン・ロランやジッド、リルケなどを、口にすることがあった。これはほとんど、夫婦の一つの理想ではないか。
 
加藤克巳は、親の代で起こしたミシン会社を継いで、経営したから、歌人の顔と、二つ使い分けるのは大変だったろう。
 
しかし長澤さんは、父親が焦った顔をしたのは、見たことがない。

「父は毎日判で押したように同じ順番、同じ姿勢、同じ顔で仕事をこなし、原稿を書いた。・・・・・・
 父は毎日の『ルーティン』を決して崩さず、『表(ひょう)』にチェックを入れることでふたつの異なる生活を自分の中で仕分けし、冗談や笑いでバランスをとっていたのではないか。」
 
このあたりは、家族でなければ、しかも娘でなければ、書けないところだ。
 
また父のこんなところも、やはり肉親でなければ書けない、重要な点だろう。

「人についても分けへだてがない。網走の小料理屋で見かけた包丁研ぎ師も、ケネディ大統領も、工場のパートさんも、通産省のお役人も、新聞の歌壇に投稿する在野の歌詠みも、斎藤茂吉も、父の中では同じ地平に存在するのであり、ヒエラルキーというものがない。なにしろ、父の感性にとって『面白い』ことが最も重要な基準なのだから。」
 
ここが要なのだ。
posted by 中嶋 廣 at 15:22Comment(0)日記

内側から見れば――『庭のソクラテス―記憶の中の父 加藤克巳―』(1)

著者の長澤洋子さんとは、古いつきあいになる。長澤さんは、朝日カルチャーセンターで、長く要の位置にいて、というか要職を占めていて、僕は、著者が話題の本を出したときには、必ず長澤さんに、講師としてどうか、という相談をした。

『14歳からの哲学』の池田晶子さんや、『明治思想家論』『近代日本と仏教』の末木文美士さん、『父が子に語る日本史』の小島毅さんのときなどは、本当にお世話になった。

『チョムスキー、世界を語る』では、翻訳者の田桐正彦さんが、チョムスキーをもってくるわけにはいかないので、代わって弁じた。
 
数え上げれば、切りはない。宣伝力の非力な小出版社にとっては、本当に頼りになる存在だった。
 
考えてみれば、長澤さんとはまったく同じ歳で、同じ年代を生きてきたので、読む本や著者に、重なりがあったとしても、不思議はない。長澤さんとは、そういう付き合いである。
 
その長澤さんが、歌人の加藤克巳の娘さんだとは、全く知らなかった。女性は結婚すれば、姓が変わるので、これはしょうがない。

しかしもう一つは、加藤克巳という、シュールレアリスムの影響を受けた、モダニズムの歌人と、長澤さんとが、上手く結べなかったためでもある。
 
作品だけを見ていると、加藤克巳という人は、鋭角的で、尖った人なのだ。
 
加藤克巳は1915年生まれ。國學院大學で折口信夫の薫陶を受ける。学生時代に新芸術派短歌運動に加わり、1937年、22歳で、第一歌集『螺旋階段』を出版する。

1970年には、第四歌集『球体』で第四回迢空賞を受賞している。その『球体』から一首、引いておく。
「病む地球 ささってにがき裸木々 黄いろい太陽どろんとおちる」

加藤克巳は2010年、94歳で没するまでに二十冊の歌集を刊行した。他に現代歌人協会理事長、歌会始召人などを務めた。
 
短歌の内容といい、歌人として纏っているものといい、長澤洋子さんとは、なかなか結びつかない。
posted by 中嶋 廣 at 18:41Comment(0)日記

どういうふうに考えたらよいのか――『黙殺―報じられない〝無頼系独立候補〟たちの戦い―』(2)

では「泡沫候補」、ではなくて「無頼系独立候補」なんて、どうでもよい、歯牙にもかけないものとして、無視していいんだろうか。
 
問題は世襲議員の存在だ。このままずっと、「無頼系独立候補」が無視されたままだと、既存の政治家や、その後継者しか、選挙に出て、勝つことができなくなる。
 
じっさい衆議院議員の選挙など、これが平成の選挙かと疑うばかり、各地方の「大名」の跡取りと見まごうばかりの面々が、ずらっと並んでいる。これは別に、都会であっても、田舎であっても変わらない。
 
そしてたとえば、第二次安倍晋三内閣の、最初の閣僚19人のうち、11人は世襲議員だった。これは形を変えた、薩長による「幕藩政治」と言えないだろうか。
 
著者の言う通り、「『新規参入』や『成り上がり』の可能性がない業界は、必ずと言っていいほど衰退する。」
 
問題は、その衰退を加速させるのが、「無頼系独立候補」なんかどうでもよいとする、マスコミだという点だ。
 
また日本の選挙には、もう一つ、特殊な面がある。それは「供託金」という、前払金の問題である。

「たとえば衆議院の選挙区、都道府県知事選は300万円。政令指定都市の首長選の場合は240万円。国政の比例で選挙に出ると600万円もかかる。」
 
供託金は、アメリカやフランス、ドイツでは存在しない。イギリスでも7万5000円程度だという。
 
欧米に倣うのが、この国の常なのに、供託金の多寡だけは、日本が群を抜いている。「売名行為での立候補を抑制するため」と言うのが表向きの理由だが、本当のところはわからない。

当初は「社会主義的な思想を持つ立候補者が国政に進出することを阻むことにあった」という説があり、どうやらこれが当たっているみたいだが、本当のところはよくわからない。
 
だいたい、いくら供託金を上げてみても、売名行為はなくなりはしない。当面、供託金をかぎりなく0に近づけることが、政治の世界を活性化するための、数少ない切り札となろう。

この本の大半は、こんな変わった候補がいます、という話である。あげくの果てには、「公約は当選してから発表する!」と、声を高ぶらせた候補もいるという。その候補によれば、どうせ通らないから、という。

著者は終わりのところで、こういうふうに総括する。

「投票理由は『政策』と言っているのに、実は誰も政策をしっかり見ていない。そんな現状に危機感と苛立ちを覚えたからこそ、無頼系独立候補たちは思い切った行動に出ているのだ。」
 
確かに、思い切った行動に出ているかもしれない。しかしそれは、現状を鑑みて、それに対抗して知恵を絞りだしている、というのとは違うと思う。

(『黙殺―報じられない〝無頼系独立候補〟たちの戦い―』
 畠山理仁、集英社、2017年11月29日初刷、12月19日第2刷)
posted by 中嶋 廣 at 15:24Comment(0)日記

どういうふうに考えたらよいのか――『黙殺―報じられない〝無頼系独立候補〟たちの戦い―』(1)

これは、とびきり面白い。しかし、とびきり面白いだけだ、とも言える。ウーン、なんとも難しい。
 
これは新聞やテレビなど、マスメディアからは徹底的に「黙殺」された候補者たちを追った本だ。とにかく、最初はワクワク、ドキドキさせる。

「世間の人たちは、彼・彼女らを侮蔑のニュアンスを含めて『泡沫候補』と呼ぶ。だが、私はこの呼称には到底納得できない。だから、私は敬意を込めて『無頼系独立候補』と呼んでいる。」
 
たとえば先の東京都知事選挙で、民放テレビ四社のニュースが、各候補者に割いた割合は、主要三候補(小池百合子、増田寛也、鳥越俊太郎)対その他十八候補では、97%対3%である。これでは、あまりに不公平ではないか。
 
そこで、フリーランスライターである著者は、すべての立候補者に接触し、彼らの活動や政策を、一人でも多くの人に伝えたいと思う。

どうして、そんなことをするのか。
「それは、すべての候補者が同額の、決して安くはない供託金を支払い、対等な立場で立候補しているからだ。」
なるほど、これはもっともだ。

しかも、「多様な選択肢」を、あらかじめ捨ててしまうことは、社会にとってもったいないことではないか。うーむ、じつに堂々たる意見ではないか。
 
で、まず最初は、「第一章 マック赤坂という男」。しかしここで、最初から腰砕けになる。

「その声の発信源が着ているコスチュームは、選挙の立候補者としては常識外の、エアロビクスのインストラクターそのものだ。視覚情報が邪魔してなのか、話がすっと心に入ってこない。どうしても奇抜なファッションが気になる。」
 
著者が、マック赤坂を真面目に考えるのが、難しいというのに、読者はどんな顔をすればよいのか。いや、まあ、面白いですけどね。

「マックは通り過ぎる人々に向かってどんどん声をかけた。声をかけられたほうはびっくりしてマイクの主を見上げるが、誰もが『見てはいけないものを見てしまった』という顔をして足を速めた。・・・・・・男性に逃げられると、今度は女性に、
『そこの若いあなた! どういう男性がタイプですか』
 と声をかけはじめた。もちろん女性も逃げた。」
 
マック赤坂は、最初の選挙で、ごくあたりまえに政見放送をやって、惨敗した。そこで戦略を練り直し、選挙運動を先鋭化させていく。「メディアに取り上げられなければ票は取れない」からだ。
 
しかし結局、票は取れないんだから、同じことではないのかな、と僕なんかは思う。
 
マック赤坂の政策は、たとえば次のようなものだ。
「『東京を恋愛特区にする』
『高齢者も恋愛を』
『眉間にシワで東京都の街角を歩いたら3万円の罰金』
・・・・・・この政策を読んだだけでも心が和み、幸せな気持ちにならないだろうか。」
 
ならない。
posted by 中嶋 廣 at 19:00Comment(0)日記

一装丁家の意見――『装丁、あれこれ』(4)

またこういう話もある。かつて大月書店で、十冊ほど、本作りを一緒にやったことのある、西浩孝さんのことだ。
 
西さんは、WEBRONZAの書評サイト「神保町の匠」で、僕ともずっと一緒にやっている。

事情があって、西さんは、大月書店を辞めて、長崎に転居された。「神保町の匠」は、インターネットがあれば、どこでもできるから、書評はずっと続けておられる。
 
それは別に、どうということはない。驚いたのは、そこから先の話だ。

「長崎に居を移し『どうしていらっしゃるか』と思っていた矢先、『編集室水平線』の名で編集・製作した近刊二冊をお送りいただいた。装丁も西さん手ずから。
 内容は、ハンセン病療養所入所者の文学作品に光を当て、また世に問うた詩人・大江満雄の生と思想を中心に編まれた評伝と評論集だ。」
 
これまでは、東京の出版社を辞め、地方で暮らすということは、つまり出版を諦めるということだった。少なくとも、これまではそうだった。
 
しかし西さんの本は、ちゃんとISBNコードも入れ、数が少ないとはいえ、書店に配本もしている。
 
肝心の本作りは、ぱっと開いてみれば、西さん特有の緊密な組版が、ビリビリした緊張感を、如実に伝えてくる。
 
もしこれで、評判になるものを出せれば、東京でなくとも、そしていわゆる株式会社でなくとも、本は作れることになる。そこには、一条の光が見えてくる。
 
新聞に載っている、大手の出版社の広告が、見るも無残な抜け殻ばかり並べているときに、自分はこれをやりたいんだ、これに価値があると思うんだ、とストレートに言えれば、そこから出版は変わっていく。ここからの出版は、それ以外に道はない。
 
僕は、西さんが一人で、長崎で仕事を再開したことに感銘を受けた、という桂川さんにも、感動してしまった。
 
ほかにも、佐藤正午の『月の満ち欠け』を装丁するときの、悪戦苦闘ぶりなど、読ませどころはどっさりある。
 
装丁を、外からではなく内側から、しかも広く見渡している、珍しい本だ。あまり書店に置いていないと思うので、強く推薦したい。

(『装丁、あれこれ』桂川潤、彩流社、2018年1月30日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 18:14Comment(0)日記

一装丁家の意見――『装丁、あれこれ』(3)

「昨今のラフ、カンプ事情」と題する章もある。ラフは下絵とか素描のこと、カンプはコンプリヘンシブ・レイアウト(comprehensive layout)を略した言い方。
 
どちらも装丁家が、仕上がり状態を示すための、ラフスケッチである。昨今は、このラフ、カンプを、複数出すことが流行りらしい。若い装丁家は、どれでもより取り見取りで、レストランのメニューよろしく、これでもかと出してくるらしい。

僕はそういう装丁家とは、一度も仕事をしなかった。僕が装丁を頼むときは、装丁家が僕を驚かすことを期待している。だから装丁は一点、もうこれ以上はない、というものを期待していた。

カンプをいくつも出して、みんなで合議をして決めるのは、広告ならそれでいいかもしれないけれど、本の場合は、そういうものではない。

桂川さんはそこで、カンプ一点主義の和田誠を引く。

「だってレストランに入って『カレーライスとハヤシライスと両方作ってくれ、うまそうな方を食うから』なんてだれも言わないでしょ」。
 
ごもっとも、いかにも和田誠らしい、からかいを含んだ軽妙な言い方だ。

でも僕は、もう少し、なんというかこう、気構えが違ったような気がする。

「僕は著者から、これだけの原稿を取った。その原稿に対して、装丁家も、これ以上はないという装丁で、真剣勝負をしろ」。
だから装丁は、一点勝負なのだ。

「鳥海修の書体」と題する章もある。鳥海修は、書体メーカーの写研を経て、字游工房を作り、日本語フォントのヒラギノや游書体など、優れた明朝体を作った人だ。
 
じっさい原稿を、いくつかの書体で見本を取ると、三種類くらいあるうちの、必ず一種類に決まる。それは本当に不思議だ。原稿が文芸書か学術書か、著者の文体が柔らかいか、そうでないか、いろいろな要素で微妙に決まる。
 
桂川さんは、ヒラギノや游明朝を、こんなふうに評している。

「ヒラギノ明朝がニュースキャスターの張りのある声を思わせるなら、游明朝は翳りのある名優のナレーションと言えようか」。
 
実にうまい譬えだ。でもフォントを知らない人には、猫に小判だから、どうしようもないか。いやそれでも、伝わるものはあるはずだと思いたい。
posted by 中嶋 廣 at 20:12Comment(0)日記