ただ懐かしい――『書評稼業四十年』(1)

書評家・北上次郎は、またの名を「本の雑誌」初代社長、目黒考二、たぶんこちらの方が有名だろう。
 
目黒考二の本も何作か読んだ。『発作的座談会』『いろはかるたの真実』『沢野絵の謎』等々。いずれも本の雑誌社から出ていた。
 
藤代三郎というペンネームでも書いていて、『戒厳令下のチンチロリン』というのを読んだことがある。こちらは情報センター出版局刊。
 
ペンネームは異なっていても、いずれも面白かった。
 
今回は、著者も古希を超えたので、40年余にわたる書評家人生を、振り返ってみようというわけ。
 
著者は学生時代から、「週刊読書人」のミステリー時評を読んできた。

「将来のビジョンも何もなく、錦華公園のそばの喫茶店で怠惰に本を読んでいるだけだったが、可能ならば『週刊読書人』でミステリー時評を書くような人になりたいと考えていた。」
 
そういう人になりたいというのが、著者の夢だった。
 
変わった方だなと思う。そのころ、というのはおよそ50年前、「週刊読書人」はすでに読む人も少なく、ましてやそこで、ミステリー時評が楽しみだというのは、奇特な読者という以外にない。
 
北上次郎はこの後、どんな本を読んでいたか。
 
1976年に「本の雑誌」が創刊されるから、もちろんミステリーは読み続けている。
 
しかしもっと前から、読み続けていたものがある。それは中間小説誌御三家と呼ばれる、「小説新潮」「オール讀物」「小説現代」である。
 
なぜこういうものを、読むようになったかというと、60年代後半に、五木寛之と野坂昭如が登場して、それで20代の人にも読者が広がったのだ。
 
五木寛之の「さらばモスクワ愚連隊」や「蒼ざめた馬を見よ」には、決定的に新しいところがある、と北上次郎は言う。

「日本の現代エンターテインメントにグローバルな視点を導入したことだ。私たちがどれだけちっぽけな存在であったとしても、世界の一員であることを否応なく感じざるを得ない時代が到来しつつあり、そういう来るべき政治の季節の予見とも言うべきものが、五木寛之の小説にはあった。だから五木寛之の小説にみんなが魅了されたのである。つまり私たちが初めて持ちえた同時代の作家だった。」
 
なるほど五木寛之の小説には、そういう新しさがあったのか。
 
しかし僕は、あまり感心しなかった。五木寛之の小説は、感動するところに乏しかったのだ。
posted by 中嶋 廣 at 18:57Comment(0)日記

編集上の工夫で売れるのか?――『仏教抹殺ーなぜ明治維新は寺院を破壊したのかー』

この文春新書は八幡山の啓文堂で、3か月で5刷になっているのを見て、いわば「吃驚して」買ってしまった。
 
著者の鵜飼秀徳はジャーナリストで、僧侶の顔も持つ。著書に『寺院消滅』『無葬社会』があると聞けば、宗教ジャーナリストとして、第一線で活躍中の人であることが分かる。
 
もっとも僕は、どちらも読んでいない。読まなくてもわかると言えば、傲慢かな。
 
本書は「廃仏毀釈」を取り上げ、それがどんなふうであったか、各地を回って僧侶や郷土史家、学芸員などに、取材して回ったものだ。

「廃仏毀釈」は、明治政府が打ち出した神仏分離令を拡大解釈し、仏教を排撃した事件を扱ったものだ。
 
ただそうはいっても、1870年(明治3)頃から76年(明治9)頃までと、その期間は短い。
 
全体は八章に分かれていて、「新日本紀行・廃仏毀釈の旅」というのが、掛け値なしのところだ。
 
でも「新日本紀行・廃仏毀釈の旅」では、文春新書にはならないだろう。

『仏教抹殺ーなぜ明治維新は寺院を破壊したのかー』とやれば、教科書では一見当たり前のことが、「抹殺」って何のことだ、と興味を覚醒したのではないか。そうとでも考えるよりほかに、考えようがない。

「廃仏毀釈」と一言で片づけるが、その様相は全国各地で異なっている。
 
仏教排撃が盛んだったのは、比叡山、水戸(第一章)、薩摩、長州(第二章)、宮崎(第三章)、松本、苗木(第四章)、隠岐、佐渡(第五章)、伊勢(第六章)、東京(第七章)、奈良、京都(第八章)など。

そしてこれ以外は、神仏分離政策を粛々とやっただけで、特に目立つ事例はない。
 
著者は、「当時行われた仏教迫害というタブーの痕跡を、全国的に現場を歩いて調査した事例はこれまでほとんどない」というが、それは仏教が、もうそれほど人の関心を呼ばなかった、ということではないのか。
 
もちろん僧侶や仏教関係者にとっては、関心のあるテーマだとは思うが、しかし「廃仏毀釈」はそれ自体、強烈なマイナス・イメージを持った言葉だ。できれば僧侶も、口にしたくはあるまい。
 
こういう新書が売れるについては、編集上の工夫で何とでもなるということか。ただただ参りましたというほかはない。

(仏教抹殺ーなぜ明治維新は寺院を破壊したのかー』
 鵜飼秀徳、文春新書、2018年12月20日初刷、2019年3月1日第5刷)
posted by 中嶋 廣 at 08:55Comment(0)日記

教科書通りのミステリー――『罪の轍』

オリンピックの前年、1963年に、北海道から東京に出てきた若い男が、誘拐事件を起こす。
 
これを犯人、警察、山谷で働く若い女の、三点から活写したミステリーである。
 
これには下敷きになった事件がある。1963年3月、東京・下谷で起きた「吉展ちゃん誘拐殺人事件」である。
 
奥田英朗は、その事件とは微妙にズラしながら、犯人の、孤独で、人格的に障害を持った、人となりを描いていく。
 
落合刑事を中心とする警察の描き方も、山谷で宿屋と食堂を営む町井ミキ子の描き方も、それぞれ手慣れたものだ。
 
電話が普及してきたころで、この誘拐劇でも、重要な役割を果たす。それも含めて、小道具や風俗は懐かしいものだ。
 
著者は極力、自分の意見を、表だって表明しない。これは全体が社会派ミステリだから、そういうものだ。
 
それでも、600ページを書き継いでゆけば、本音はチラリと漏れてくる。

「戦後十余年、日本は新興宗教が花盛りだった。駅前で、繁華街で、いつも怪しげな僧侶が経を唱えている。戦争で三百万人も死ねば、誰だって神にすがりたくなるのだろう。」
 
あるいはこんなところ。

「先日も日教組が浅草署に押しかけ、署長は辞職せよと門前でシュプレヒコールを上げていた。学校の教師が、そういう真似をする。すべて戦前の全体主義の反動なのである。」
 
この辺は、奥田英朗の本音が漏れていておかしい。
 
もっともこれは、警察の側から描いた場面なので、そういう側面から、意見を言ったものかもしれない。

でも僕は、著者の本音が、思わず出てきたものだと思う。

この本では、犯人の宇野寛治が、いかにもわびしく寂しいけれど、でも個性豊かに描かれていて、忘れ難い。
 
小学生のとき、継父に、交通事故を装った「当たり屋」をやらされ、その時の、最も大事なことの記憶が抜けている。それは殺人においても、そうなのだ。
 
その記憶を最後に取り戻す。そして言う。

「悪さっていうのは繫がってるんだ。おれが盗みを働くのは、おれだけのせいじゃねえ。おれを作ったのは、オガやオドだべ」。
 
しかしもちろん、自分の罪が、それによって軽減されるとは思っていない。自分は、生まれてこなければよかったのだ。そんなことを思っている。
 
奥田英朗は、『最悪』『邪魔』と読んできて、『無理』で、今度ばかりは底が浅いと思ってやめた。
 
それからまた精神科医・伊良部のシリーズ、『イン・ザ・プール』『空中ブランコ』『町長選挙』を読んで、それ以後、同じシリーズが出ないのでやめた。
 
途中、妻が面白いと言っているので、『ララピポ』を読んだ。これは、荒廃した時代を先取りしていて、とても面白かった。

『罪の轍』は、いってみれば教科書通りのミステリーだが、しかしそういうものも、いろんな読書の合間には欲しくなるのだ。

(『罪の轍』奥田英朗、新潮社、2019年8月20日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 18:38Comment(0)日記

生き物、すべて友達――『昆虫学者はやめられないー裏山の奇人、徘徊の記ー』(4)

小松貴は、生き物と交感する不思議な力がある。たとえば、二ホンリスを観察するときは、追ってはダメだという。リスが頻繁にやってくる場所を見定めたうえで、あらかじめそこで待っていればいい。なるほど。
 
小松先生が、かつてオサムシを観察していたときのことであった。

「ふと何か後ろで気配を感じて、何となく振り向いた。そうしたら、私の尻のすぐ後ろに、二ホンリスが座ってこちらをじっと見つめているではないか。
 ……
 私も驚いたがあちら様もかなり驚いたようで、しかしとっさの事態に何をどうしたらいいのか分からなかったらしい。バツの悪いそぶりを見せつつも、リスはゆっくりそこから歩いて離れ、道脇の草むらに消えていった。」
 
この話はたしか前著にも、詳しく出ていた。
 
リスは追うのではなくて、近づいてくるのを待てばいい、という小松先生の話だが、普通はそんなことをしても、一生近づいては来ないって。
 
リスの「バツの悪いそぶりを見せつつも」というところが、何とも言えない。
 
ほかにもアリの写真が、1ページに3枚入っており、1枚はクロオオアリで、九州以北の日本各地で普通に見られるものだ。
 
次の写真も、同じようにアリと見えるものだが、これはアリそっくりなハエトリグモである。
 
3枚目もアリ以外の何ものでもないが、これはアリそっくりなカマキリの幼虫である。
 
こういうのを見ると、もう本当に、ただただ息をのむ。
 
最終章の末尾に、昆虫学者は如何にして「新種」を発見するか、という話が載っている。これは実際のところを知れば、ちょっとため息が出る。

「今までその分類群の中にどんな種が発見されているのかを知るために、その分類群内でこれまで知られている種の記載論文をすべて入手して、読み込む。そうして、この分類群においてはこういう形態的特徴を持った奴だけが知られているのだ、ということを頭に入れておけば、もしどこかで明らかに自分の専門とする分類群の種なのに、その特徴に合致しないような種を見つけた時に『これは新種だな?』と察知できるのである。」
 
これだけでも気が遠くなるが、実はすべてを読むだけではすまない。
 
読んだ上で、実物の「タイプ標本」を見ておく必要があるが、じつはこの「タイプ標本」が、世界中に散らばっているのだ。
 
著者はここでは、アリヅカコオロギの「タイプ標本」を求めて、パリの自然史博物館に通ったときのことを語る。

「もちろん、夕食は明るいうちにその辺のスーパーで買い込んだ粗末なパンのみ。フランス料理など一口だに味わう機会はなかった。
 そして陰鬱な夜が明ければ、私は博物館へとまた向かう。あの、防腐剤の臭気に満ちた部屋の片隅で、コオロギの干物が私を待っているのであった。」
 
とにかく著者は、「タイプ標本」の写真を撮りまくるのだ。

目くるめく昆虫の世界に分け入って、案内していく小松先生は、また人知れず、超人的な努力をする人だったのだ。

(『昆虫学者はやめられないー裏山の奇人、徘徊の記ー』
 小松貴、新潮社、2018年4月25日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 09:24Comment(0)日記

生き物、すべて友達――『昆虫学者はやめられないー裏山の奇人、徘徊の記ー』(3)

「ダマしたい虫、ダマされたい人 Ⅰ」の章では、「私の行きつけの裏山」で、擬態して越冬中の、ホソミオツネントンボを観察する。これは、広大な枯れ野で見つけることは、困難を極める。枯れ枝に擬態して、まったく動かないからだ。
 
もちろん小松先生は、それを見破る。

「私はトンボをじっくり観察してみた。奴は枝をしっかりと脚で摑んだまま、その場から一歩も動かなかった。一見、生命の覇気が全く感じられず、死んでいるようにも見えた。しかし、こちらが顔を近づけると、トンボはその場から逃げない代わりに体を僅かに斜めに傾けて見せた。敵が寄ってきた時、彼らはこのように相手側から見た時に少しでも自分がトンボの姿に見えないような角度に体を倒すのだ。」
 
実に微細な擬態だが、しかし著者は、そのわずかな間合いを感知する。

「こうして越冬昆虫達を相手に鍛錬し、向上させた『隠蔽解除能力』は、フィールドから『左右対称のもの』『明らかにその場の景色になじまないもの』を見抜くのに抜群の威力を発揮する。それゆえ、私は擬態昆虫の総本山たる熱帯のジャングルなどへ行っても、枝そっくりなナナフシや樹皮そっくりなウンカなど並み居る刺客どもの擬態技を、次々に見破ることが出来るのだ。」
 
こういうことをやるのは、ほかの昆虫学者にはいるのかね。

もし何人か、こういうことに長けた人がいるのであれば、ぜひテレビチャンピオンとして出てほしいものだ、というのは半分は冗談だが、最後に著者はこういうふうに言うのだった。

「私に見破れぬ擬態はない。」
 
とはいうものの、擬態する虫は多くの場合、自分が何に擬態しているか、よくわかってはいないという。

「ダマしたい虫、ダマされたい人 Ⅱ」では、その問題を扱う。
 
擬態は、僕のような素人にはたまらなく面白い。でも、ちょっと待ってよ。

「ここまで私は文章中において、軽々しく擬態擬態と連呼してきた。しかし実のところ、人間の目から見てある生物が何かに似せているように思えても、それが本当に擬態している(つまり自然下でそれを捕食している立場の天敵をちゃんと騙せている)ことを実験的に証明するのはとても難しいのである。」
 
なるほど、言われてみれば、これはコロンブスの卵だ。

素人は、というのは僕のようなのは、擬態と言われれば、なるほど自然は精妙なものだと、簡単にコロリと感動してしまう。
 
しかし、理屈を立てて考えていけば、一筋縄ではいかなくなる。

「巨大ガとして有名なヨナグニサンの前翅の縁には、黄色い部分があり、これがヘビの横顔そっくりだとも言われる。このヘビを見せ付けて、天敵の鳥を追い払うのだという俗説が、しばしば蘊蓄本の類にも書かれている。しかし、この話に関しても誰かが実際に本物の鳥を使い、統計にかけられる程の例数を観察の上検証したことではない。個人的には、これも人間が単に擬態していると思い込みたい故の『作られた擬態』に過ぎないと思う。そうであった方が、物語として面白いからだ。」
 
こうなると素人には、わからないというほかはない。
 
しかしこの擬態については、人間の自然観を変えるほど、面白い問題だと思う。
posted by 中嶋 廣 at 17:45Comment(0)日記

生き物、すべて友達――『昆虫学者はやめられないー裏山の奇人、徘徊の記ー』(2)

小松貴の生き物の本は、僕にはすべて、あっと驚く初見だから、紹介するとすれば、丸まる一冊、引用するほかなくなる。
 
それではしようがないので、ともかくアトランダムにいくつか紹介したい。
 
小松先生には、好きな虫がいて、一つは眼の退化した虫、もう一つは翅(はね)の退化した虫だ。これは理由などなくて、どうしようもなく惹きつけられるという(なんというヘンな趣味!)。
 
眼のない虫、翅の退化した虫、といわれても、普通は何も浮かばないだろう。少なくとも、僕は何にも思い浮かばない。
 
小松貴はここでは、シャクガ科のうち、フユシャクと呼ばれるものを取り上げる。
 
シャクガ科のガは、幼虫が尺取虫として知られ、そのうち一部の種は、寒冷期に限って活動する。それで俗にフユシャクと呼ばれ、日本には30種前後がいる。
 
このフユシャクは、メスに限り翅が退化(!)している。
 
ここには写真が載せられていて、チャバネフユエダシャクのオスとメスが出ている。
 
オスの方は、翅を広げてとまる、いかにも黄色っぽいガであるのに対し、メスの方は、メリハリのある白地に黒のまだら模様、そしてメスには、翅が全くない。
 
このメスは、「まるでミニチュアのホルスタインだ。何も知らない人がこの2匹の昆虫を見たら、間違っても同種の夫婦だなんて思う訳がない。」
 
この辺はぜひ写真を見てほしい。あっと驚くこと、疑いなしである。

言い忘れたが本書には、痒い所に手が届くように、実にふんだんに貴重な写真が入っている。
 
小松先生はまた、昆虫の匂いの点でも、独特の偏った好みがある。

「ゴミムシの仲間は危険を感じると異臭を放って敵を遠ざけるが、アオゴミムシ類は俗に『クレゾール臭』と称される、まるで正露丸のような薬品臭を出す。幼い頃、私はこの特徴的な異臭を放つアオゴミムシ類を好まなかった。しかし、今はむしろこの臭いが嗅ぎたくて仕方なく、しばらく嗅がないでいると禁断症状が現れるまでに至っている。」
 
だいたい僕なんか、昆虫の臭いというものに、はっきりしたイメージを持っていない。そうか、「クレゾール臭」か。なんとなく、臭ってきたぞ。だんだん気持ちが悪くなってきた。                
posted by 中嶋 廣 at 09:43Comment(0)日記

生き物、すべて友達――『昆虫学者はやめられないー裏山の奇人、徘徊の記ー』(1)

これは抜群に面白い本だ。
 
小松貴の本は『裏山の奇人ー野にたゆたう博物学ー』を、2014年に書評したことがある。これもとても面白い本だった。
 
僕はこの年の11月に、脳出血で倒れたので、ひょっとすると〝前世〟における、最後の書評本かもしれない。
 
それはともかく、のっけから人を食った話が出てくる。

「フィールドにおいてカエルは、虫と違って知的な駆け引きが出来る格好の遊び相手となる(虫も虫で面白い観察対象だが)。虫に比べて外見が人に似ていて親しみを持ちやすい、というのもあるかもしれない。」

「虫に比べて外見が人に似ていて」というところ、何とも言えません。著者の頭の中では、こういうふうになっているのだろう。
 
たしかに「あらゆる脊椎動物を骨格標本にした時、骨の通った尾がないのは人を含む高等なサル、鳥類、そしてカエルだけなのだ」、ということらしい。骨格標本にしたとき、人とカエルは近いところにある、らしい。

小松先生の本は、ほとんど聞いたこともないような生き物ばかりが出てくる。たとえば、チビゴミムシの仲間。

「これらは共通して、体色が薄くて赤っぽい、そして複眼が退化して視力を持たないという形態的特徴を持つため、『メクラチビゴミムシ』と呼ばれている。彼らは目が機能しない代わりに、長い触角と数本の細長い体毛を持っており、これで周りの物体の存在を感知しながら暗闇を疾走する。」
 
地下に潜んで、闇の中を疾駆する、とはいえ「メクラ」で「チビ」の「ゴミムシ」。名づけのときに、もう少し何とかならんかったんかい。

「たまたまゴミムシという甲虫の分類群の中に、小型種からなるチビゴミムシというサブ分類群があり、さらにその内訳に眼のないメクラチビゴミムシという仲間がいるというだけの話に過ぎない。」
 
なるほど、よくわかりました。要するに、人と交わって社会生活をする上で、忖度したり遠慮したりするということは、昆虫を相手にしている限りは、必要ないということですね。それはそれで、かえって気持ちのいいことなのかも。

でも日本だけで、400種くらいいるチビゴミムシのうち、眼のないメクラチビゴミムシ類は、おそらく300種以上はいて、しかもその全種が、なんと日本にしかいない。
 
おお、これは国花や国鳥に倣って言えば、まるで日本の「国虫」ではないか、とこれは僕の独断。
 
しかもメクラチビゴミムシは、「1地域・1メクラチビゴミムシ」を原則にしている。

「おそらく、遠い昔には日本の地下水脈はもっと単純な流れで、この流れに沿って今日よりずっと少ない種数のメクラチビゴミムシが広域に住んでいたのだと思う。それが、その後の地殻変動に伴い、地下水脈が重ねて分断され、メクラチビゴミムシともども孤立化していった。」
 
そうして各地域で代替わりし、それぞれの地域で、独自の種へと分かれていったのだ。
 
だからこういうことが言える。

「ウスケメクラチビゴミムシという(他意がないとはいえ、メクラチビゴミの上に、さらに薄毛とは!)種が大分県の東海岸沿いにいるが、これに極めてよく似た近縁種が、豊後水道を挟んだ対岸たる愛媛県の海岸沿いにいる。そのため、かつて九州の北東部と四国の西部が地続きだったということが明瞭に理解できる。」
 
なるほど、そういう推理が成り立つわけか。

そして著者は、結論としてこういうふうに言う。

「地下性生物は、生ける歴史書と呼んでも過言ではなかろう。」

「メクラ」で「チビ」の「ゴミムシ」は、「生ける歴史書」でもあったのだ。ま、参りました。
posted by 中嶋 廣 at 09:44Comment(0)日記

自由の風――『そばですよー立ちそばの世界ー』(3)

「港屋」のそばは開店以来16年間、味もメニューも不変である。
 
もり600円/海苔もり700円/胡麻もり700円/海苔胡麻もり800円/冷たい肉そば870円/温かい鶏そば870円
 
この六種類のみ、すべてつけそばである。

それにしても、立ち食いそばにしてはちょっと高い。これがどんな具合かというと。

「一杯のビジュアルにも、あっと驚く。頼んだ冷たい肉そばは、黒みがちの、見るからにぴんぴんの手強い麺。その上に刻み海苔のエベレストがそびえ立つ。丼いちめん、大量の白ごま、刻みねぎ、薄切りバラ肉の雲海。惜しげのなさを愛でていいのか、呆れていいのか、どっちにしても有無を言わさぬ迫力だ。」
 
それで結局、著者は思いあまってこう呟く。

「ええと、そばってこういう食べ物だったっけ?」
 
まあ、はっきり言って、こういうそばは食いたくない。でも、試しに一度は食してみたくもある。
 
というのは、店主の菊地剛志が、こういうことを言うからだ。

「ものづくりの一番大事なところは、売れる売れない、成功するしないじゃなくて、タマシイの入り方だと思う。ひとりの人間がつくったものにはタマシイの入り方においてかなわない」。
 
だから店主の菊地剛志は、ひとりで厨房に立って、「注文が入るたび、そばをゆで、冷水で締め、丼に盛り、刻み海苔をどかっとのせ、白ごまを振り……店主みずから完全ワンオペレーション。出来上がったそばをのせ、にこやかにトレイをお客に手渡すのも、店主みずから。」
 
ものづくりで一番大事なこと、それは売れるとか、成功するとかじゃなくて、タマシイの入り方じゃないか、という一言には、まったく痺れてしまう、特に本を作っている連中はそうだろう。
 
そしてさらに、追い打ちをかける。

「『そばをつくっているんじゃないと思っています。僕はそば屋ですが、そばを売ってるつもりはない』
 ほう。
『じゃあなにを売っているかというと、文化を売っている。』」

うーん、一度でいいから、「港屋」のそばを食べてみたい。と、こういうふうに思うわけですよ。
 
この本には、全部で25軒の立ち食いそばやが載っており、それぞれの最終ページに、店の外側の写真と、簡単な地図、そしてメニューが料金も合わせて載っている。

「各店末尾の情報ページについては、2018年11月現在のものに改定しています」とあるから、担当編集者は足で歩き尽くしたことだろう。
 
でもそのおかげで、各篇の最後のページで、つくづくメニューを眺めて、しばし舌なめずりしたのであった。

(『そばですよー立ちそばの世界ー』
 平松洋子、本の雑誌社、2018年11月20日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 09:09Comment(0)日記

自由の風――『そばですよー立ちそばの世界ー』(2)

とはいえ立ち食いそばである。そう波乱にとんだ誌面が、構成できるわけもない。
 
そこで一つは、誰かと連れ立って食べに行く、という手がある。そこで対談までやっている。
 
そのうちの一人が、坪内祐三さんである。題して「坪内祐三さんと早稲田界隈」。
 
こうなると、平松洋子の『そばですよ』の枠をはみ出してしまう。

「坪内祐三さんは一九五八年東京・世田谷生まれ、半ズボンの頃から街歩きに耽溺した筋金入りの東京逍遥者。プロレスや野球観戦、映画館に出かける道すがら、立ちそばの暖簾をくぐった。小銭を数枚渡せば一杯のそばが黙って手渡される。さっぱりとしたやりとり。他人と群れることなく街との関係を培った坪内さんは、少年時代から立ちそばの本質を鋭く嗅ぎ分けていた。」
 
一応、そばにかこつけてはいるが、力点は移って、「坪内祐三の世界」である。
 
で、その頃の「早稲田界隈」はと言えば。

「『僕が通ってた文学部には生協の食堂がなくて、すごくしょぼかった。とんかつが二百五十円で安いんだけど、「まずい」ってことを口にしない俺でも、本当にまずくて。上カツレツっていうのがあるから「これだ」と思って頼むと、そのまずいとんかつが二枚のっかってた(笑)』」。
 
こうなると坪内さんの独壇場である。

僕はもう、坪内さんは読まないことにしていたのだが、こうなると、激しい禁断症状が起きてくる。だいたい、なぜ読まないことにしたかが分からない。

というわけで、さっそく「昼夜日記」を注文する。

『そばですよ』は「本の雑誌」に掲載されたものだが(そして今も掲載されているが)、単行本にするとき、掲載順に収録したわけではない。
 
どうしてそうしたかというと、この本には中心がある。虎ノ門の「港屋」の章がそれだ。
 
その中心を、真ん中よりも少し後ろにずらし、本としていい具合に持ってくるために、そういうふうにしてある、と僕は思う。
 
その虎ノ門「港屋」は、

「立ちそばのニューウェーブの源流。
〝港屋インスパイア系〟を生んだ革新的存在。」

だそうである。
 
うーん、どういうもんかね、これは。

「看板がない。探さなければ店の名前もわからない。店内はやたら黒っぽく、間接照明のライトは灯っていてもうす暗く、だからそばもよく見えません昼間でも。カウンターはでっかい黒大理石の直方体で、お客は四辺を取り囲むかっこうで立つ。大理石の平面のセンターは水をゆらゆら湛えた水盤、洒落た花が活けてある。BGMはジャズだったか、クラシックのピアノ曲だったか。」
 
こういう店、本当に嫌ですね。立ち食いそばは、もっと自由に食べられなければ。
 
そこは実は、平松洋子さんも同意する。

「どうしたって西麻布あたりのバーなんか思い出すわけだが、いや、いまそれはぜんぜん求めていないんですけど。そばが食べたいだけなんですけど。」
 
最初は、こういうふうになっていたはずなのに、途中で恐るべき逆転が起こる。
posted by 中嶋 廣 at 08:51Comment(0)日記

自由の風――『そばですよー立ちそばの世界ー』(1)

ご存じ、平松洋子の世界。今度は「立ち食いそば」である。

それを「立ちそば」と名付けたところが、まず秀逸である。立ち食いそばに、敬意を表してあることが分かる。
 
これを読んでいくと、僕はもうつくづく、立ち食いそばには、入れないと思う。半身不随のまま、立ち食いそばを食することは、女房がいれば、なんとかできるかもしれない。でもそれは、ふらっと入って、「天玉一丁!」と注文し、十分ほどで食べて店を出る、というのとは違う。
 
大げさに言えば、そこには自由の風に似たものが吹いていた。

でもそれはなくなった。ほんとうにもう、「一身にして二生を経る」だなあ。
 
その頃僕は週に1回、午後6時半から8時まで、東大の情報学環で、出版のあれこれを教えていた。もちろんトランスビューの仕事は、通常通りにこなしながら。
 
6時前に本業を終え、東大へ向かう途中、本郷三丁目の駅を出たばかりのところで、立ち食いそばを、よく食べた。
 
考えてみれば、あの隙間の時間に、他に何を食べられたろう。
 
そのとき立ちそばは、小腹を満たしただけでなく、本業ともう一つの仕事をつなぐ役目も、してくれたのだ。僕はそのとき、何というか、小さな自由も味わっていたのだ。
 
平松洋子の取り上げる立ちそばは、チェーン店ではなく、個人や一家でやっている独立系の店である。富士そばや小諸そば、ゆで太郎は取り上げない。インディペンデント系でないと、一店ずつ違うそばの特徴が、摑みにくいということだ(でも僕は、チェーン店のそばも好きだけどね)。
 
著者の文章は、例によって躍動している。たとえば、本郷三丁目の「はるな」の場合。

「さあ、そばですよ。お膳を持って細長いカウンターに席を取る。ふんわり、だしのいい香り。丼を持ち上げ、まず熱い汁をちゅっと啜ると上品なつゆが喉をつたい、はあぁ~とおいしい息が洩れた。角がきりりと立った柳腰の細いそば。きれいなそばだなあ。間を置いてのせたかき揚げからじわ~んとうまみが汁に浸み出て、こくが深まってゆく。」
 
思わず舌なめずりする。
 
この本には、中ほどに2箇所、8頁ずつのカラー写真が入っている。客が並ぶ店の外とか、中で店の人がそばを用意するところとか、てんぷらとか、いなりとか。それは、湯気が立つような、絶妙のカラー写真だ。まるで、本の中から匂ってくるような。
posted by 中嶋 廣 at 15:52Comment(0)日記