圧倒的だ・・・でも――『騎士団長殺し――第2部 遷ろうメタファー編』(2)

この地下につづく土地には、「メタファー」が住んでいる。
「顔なが」と「私」の会話。

「『おまえはいったい何ものなのだ? やはりイデアの一種なのか?』
『いいえ、わたくしどもはイデアなぞではありません。ただのメタファーであります』
『メタファー?』
『そうです。ただのつつましい暗喩であります。ものとものとをつなげるだけのものであります。ですからなんとか許しておくれ』」
 
ここから、クライマックスは最高潮に達する。「ただのつつましい暗喩」が喋るなんて。しかも変な言葉で、「ですからなんとか許しておくれ」というような言葉を使って、会話するなんて。
 
ちなみに「私」は、メタファーの住む地下に、「秋川まりえ」を探すために、後戻りのできない冒険に出かけているのだ。
 
この地下王国をさまよう「私」の叙述は、本当に見事なものだ。ここからの描写は、叙景ではない。それなら心象風景? いいや、違う。すべては、言ってみれば、メタファーなのだ。
 
ここに、プロローグに登場した、〈顔のない男〉が出てくる。
また『騎士団長殺し』の絵から抜け出した、身長六〇センチほどのドンナ・アンナが出てくる。
そうかと思えば、十二歳で死んだ、「私」の妹の「コミ」も出てくる。

そうして伊豆の老人ホームから始まった、地下の世界の旅は、ついに山中の屋敷の裏手にある、秘密の穴で大団円を迎える。

このとき、「秋川まりえ」は、「免色」の屋敷に忍び込み、隙をついて必死で出てきたのだ。

こうして「私」と「秋川まりえ」は、無事に、ではないけれど、再開を果たす。お互いが、自分の冒険を話すところは、なんというか、心が温かくなる。

クライマックスがあって、大団円を迎えるところは、連綿と続く最高峰の古典文学が描くのと、共通の世界だ。
でも、すべてを読み終わってみると、どうしても腑に落ちないところが残る。

圧倒的だ・・・でも――『騎士団長殺し――第2部 遷ろうメタファー編』(1)

それは、下巻の三分の二くらいのところで、突如、景色が一変することによって始まる。
伊豆にある老人ホームに、雨田具彦を、その息子の雨田政彦と一緒に尋ねるところから、幕が開く。
章の見出しは、ストレートに、「今が時だ」。それは、こんなふうに始まる。

「『簡単なことだ。あたしを殺せばよろしい』と騎士団長は言った。」
『あなたを殺す?』と私は言った。
『あの『騎士団長殺し』の画面にならって、諸君があたしをあやめればよろしい』」
 
騎士団長の衣装をまとったイデアは、二人称単数の人を指して「諸君」と呼びかける。
 
もちろん下巻でも、それまで『私』は、ひたすら時間を味方につけることを言いつのる。
「『そういう日もある』と私は言った。『時間が奪っていくものもあれば、時間が与えてくれるものもある。時間を味方につけることが大事な仕事になる』」
 
そうなのだ。とにかく時間を味方につけること。そうすれば『私』には、退屈している暇はなかったはずだ。具体的にはこういうことだ。

「初夏にここに越してきて、ほどなく免色と知り合い、彼と一緒に祠の裏手の穴を暴き、それから騎士団長が姿を現し、やがて秋川まりえと叔母の秋川笙子が私の生活に入り込んできた。そして性的にたっぷり熟した人妻のガールフレンドが私を慰めてくれた。雨田具彦の生き霊だって訪ねてきた。退屈している暇はなかったはずだ。」
 
でも「私」と違って、この本を読んでいる僕は、ときどき退屈だった。下巻の三分の二まで来て、もう耐えられないとなったとき、そのとき突然、奔流がやってきたのだ。

『騎士団長殺し』の絵にならって、嫌がる「私」に手をかけさせ、騎士団長の姿をしたイデアは、自分を殺させた。そして「私」は、騎士団長を殺すことによって、さらに次のシーンを得たのだ。

「そこに出現しているのは、雨田具彦が『騎士団長殺し』の左下の隅に描いたのと同じ光景だった。『顔なが』は部屋の隅に開いた穴からぬっと顔を突き出し、四角い蓋を片手で押し上げながら、部屋の様子をひそかにうかがっていた。」
 
この部屋の隅に開いた、地下のように続く穴から、「私」の、後戻りできない冒険が始まる。

面白い、でもときどき退屈、だが・・・――『騎士団長殺し――第1部 顕れるイデア編』(3)

同じように、雨田具彦の絵もまた、洋画から日本画へと、劇的に展開、変容した。洋画の時代には、雨田具彦は、高い評価は受けていたにせよ、「しかしそこには何かが欠けていた。」

つまり「私」とおなじく、強く心を揺さぶるものがなかったのだ。しかし、ドイツに留学して帰ってくると、作風は驚くべきことに、一変していた。洋画から、日本画に変わっていたのだ。

「そこには洋画時代の『何かが欠けている』という印象はもう見受けられなかった。彼は『転向』したというよりは、むしろ『昇華』したのだ。」
 
そのドイツ留学こそは、戦時中のことであり、そして政府高官の暗殺未遂に関わる、もっとも大きな謎だったのだ。
 
この作品の中にはまた、「私」の絵を自己批評すると見せて、じつはこの作品の批評と見紛うような文言が、散りばめられている。

「しかるべき時間の経過がおそらく私に、それが何であるかを教えてくれるはずだ。それを待たなくてはならない。電話のベルが鳴るのを辛抱強く待つように。そして辛抱強く待つためには、私は時間というものを信用しなくてはならない。時間が私の側についていてくれることを信じなくてはならない。」
 
だから僕も、ひたすらこの本を読んで、なんとか村上春樹と同じ時間感覚を、身につけようとするのだが、これが難しい。

たとえば、「私」と「免色」は、車の話をする。それも高級車について、延々と言葉をやり取りする。こういうのは面白いんだろうか。

あるいは、「私」が「免色」の家に招待され、酒や食べ物について、またひとしきりウンチクめいた話がある。こういうのは、村上春樹の文章だから、我慢して読みもするけれど、でもたいがいにしてほしい。
 
だいたい、この「免色」との話が、あまり面白くない。「免色」と話している「私」は、三十半ばとは思えないくらい、老成している。というか、五十半ばの「免色」が、どんな話をしても、「私」はとまどったり、びびったりしない。これ、おかしいでしょう。
 
それに舞台も、おおむね山の中の屋敷で、いつもの、快調に舞台が変わっていく感じがない。そういえば、今回は「僕」ではなくて、「私」という、いってみれば、ちょっと落ち着いた、見ようによっては、ちょっと気取りのある一人称だし。
 
そこで、いささかげんなりしながら、上巻を読み終えて、下巻に入ったのだが、下巻に入ってしばらくして、僕は、大げさに言えば、雷に打たれたように、覚醒した。そうか、村上春樹は、こういう流れをもくろんでいたのか。

(『騎士団長殺し――第1部 顕れるイデア編』
 村上春樹、新潮社、2017年2月25日初刷)

面白い、でもときどき退屈、だが・・・――『騎士団長殺し――第1部 顕れるイデア編』(2)

その前に、いくつかの魅力的なところを見ておこう。
「私」が肖像画を描くために、担当エージェントがいるのだが、その彼が、「私」に言った言葉。

「『あなたはものごとを納得するのに、普通の人より時間がかかるタイプのようです。でも長い目で見れば、たぶん時間はあなたの側についてくれます』
 ローリング・ストーンズの古い歌のタイトルみたいだ、と私は思った。」
 
旨いですね。「ローリング・ストーンズの古い歌」と、まあいってみれば流して行き、深刻に考え込ませないところが、絶妙です。
 
そのちょっと後、担当エージェントと「私」の、会話の続き。
「『でも肖像画を描き続けるのは、今のところぼくのやりたいことじゃないんです』
『それもよくわかっています。でもその能力はいつかまたあなたをたすけてくれるはずです。うまくいくといいですね』
 うまくいくといい、と私も思った。時間が私の側についてくれるといい。」
 
これは、主人公の祈りであると同時に、村上春樹の、かなり自信をもった、祈りでもあるだろう。
 
つぎは『騎士団長殺し』という絵を、発見するところ。これによって、まわりは一変する。

「私が『騎士団長殺し』というタイトルのついた雨田具彦の絵を発見したのは、そこに越して数ヶ月経った頃のことだった。そしてそのときには知るべくもなかったが、その一枚の絵が私のまわりの状況をそっくり一変させてしまうことになった。」
 
これは、それまでの延々続く箇所がないと、ギアを一段吹かしたことが、わかりにくいかもしれない。でも、勘のいい人には、わかるはずだ。

「私」が性行しているところとか、人妻が性器を口に含んでいるところとかを、スケッチしてあげると、女は顔を赤らめながら喜ぶ。でも「私」が本当に描きたい絵は、そういうものではないし、また学生時代に盛んに描いた「抽象画」でもない。

「今の時点から振り返ってみれば、私がかつて夢中になって描いていた作品は、要するに『フォルムの追求』に過ぎなかったようだ。青年時代の私は、フォルムの形式美やバランスみたいなものに強く惹きつけられていた。それはそれでもちろん悪くない。しかし私の場合、その先にあるべき魂の深みにまでは手が届いていなかった。そのことが今ではよくわかった。私が当時手に入れることができたのは、比較的浅いところにある造形の面白みに過ぎなかった。強く心を揺さぶられるようなものは見当たらない。そこにあるのは、良く言ってせいぜい『才気』に過ぎなかった。」
 
もちろん村上春樹は、私小説家ではない。だから「私」と作者とを、重ねて読む必要はないのだが、それでもここは、全部を読んだ後で、どうしても、少し重ねて読みたくなる。

面白い、でもときどき退屈、だが・・・――『騎士団長殺し――第1部 顕れるイデア編』(1)

大長編である。でも村上春樹にしてみたら、いつもの通りなのかもしれない。

今回は、ちょっと変則かもしれないが、全二巻のうち、まず「第1部 顕れるイデア編」を取り上げる。上巻だけの書評である。
 
まず「プロローグ」があって、「顔のない男」が「私」の前に現われ、肖像を書いてくれという。これは、クライマックスの先取りというやつで、映画などでよく使われる手だ。こうすると、ここまでは、とにかく読まねばなるまいという気になる(なりませんか)。
 
ここで大事なのは、末尾の部分だ。
「私は時間を味方につけなくてはならない。」
 
これはすごく大事なことだが、しかしどの点で大事かというと、それはちょっとわからない。しかしとにかく、非常に大事なことであることはわかる。

「私」は三十半ばすぎの画家で、それも職人的な肖像画家である。
一方的に妻から別れようと言われて、それを無理やり受け入れるために、「私」は北日本を長く旅行した。
 
旅から帰ってくると、友だちの父の画家が養老院へ入ることになったので、無人になった別荘を借りて住んでいる。そこは山の中で、山一つ越えたところに「免色渉(メンシキワタル)」という、謎の富豪が住んでいる。この富豪は、五十代半ば過ぎである。
 
この家で「私」は、つぎつぎに不思議な経験をする。いまは養老院にいる画家が、「騎士団長殺し」という傑作を、こっそり描いていたり、そこから、とりあえず騎士団長の装束をまとった、「イデア」が出てきたりして、混乱の謎に陥る。

「イデア」はまた、騎士団長の装束をまとったまま、「騎士団長以外の何ものでもあらない」というような、奇妙な言葉遣いをする。「何ものでもない」というのを、「何ものでもあらない」というふうに、一度肯定型を入れてから、否定形にするのである。

「免色」はまた、山一つ越えたところにいる「秋川まりえ」を毎日、双眼鏡で見ている。ひょっとすると、「秋川まりえ」は、「免色」の実の娘かもしれないのだ。
 
謎は謎を呼んで、これ以上はないくらい大きくなり、でも、村上春樹は全部の謎は解かないだろうな、というか、謎解き小説ではないから、謎は謎を呼んで、終わりまで行くだろうな、と思わせる。そして、その謎は、どれも魅力に満ちているのだ。
 
しかし問題は、謎には関わらない部分が、なんというか、退屈であることだ。

パロディ、パロデイ――『もう一度 倫敦巴里』(3)

限りがないから、やめておくといったのに、でも仕方がない。最初は淀川長治で、いつもの名調子。

「トンネルを出ましたねぇ。長いですねぇ。長いトンネルですねぇ。このトンネルは、清水トンネル言いまして、長さは九千七百メートルもあるんですよ。長いですねぇ。この長いトンネルを出ますと、もう雪国ですねぇ。寒いですねぇ。・・・・・・娘さんが窓をあけて『駅長さあん』言いますね、あそこの景色、きれいですねぇ。その写真、もう一回見せて下さい。ハイ、写真出ました。きれいですねぇ。撮影がいいですねぇ。カメラマンは、グレッグ・トーランド言いまして、アカデミー賞を三回もとっております。上手ですねぇ。ハイ、写真ありがとうございました。」
 
つぎは、つげ義春。とはいっても、1ページに、3コマの漫画があるだけ。題は「『ねじ式』式」。例の「わたし」の乗っている汽車が、迫ってくるところだ。1コマに、それぞれフキダシが1つある。

「(ゴトン ゴトン)国境の/トンネルを/抜けると」
「見たまえ/雪が降って/いるでは/ないか」
「雪国から/逃げてきたのに/また雪国に/もどっている/ではないか」
 
・・・・・・天才としか言いようがない。
 
最後は宇能鴻一郎。

「トンネルを抜けたら雪国だったんです。国境のトンネル、とっても長かった。
 夜の底、まっ白みたい。そう思ってたら、信号所に汽車がとまったんです。
 あたし、エロチックな気持になってしまった。これは内緒なんだけど、トンネルを通るたんびに感じちゃうみたい。
 トンネルがいけないんです。
 トンネルに汽車が入ると、あたし、いけないことを連想しちゃうんです。ああ、あたしにも逞しい汽車が入ってきて欲しい、なんて思ったりして・・・・・・」
 
ほかにも「007贋作漫画集」、「ビートルズ・ギャラリー」、「初夢ロードショー」、「漫画オールスターパレード」、「はめ絵映画館」など、じつに盛り沢山である。

面白いと同時に、それ以上に、懐かしい気分に浸りきった。

(『もう一度 倫敦巴里』和田誠、ナナロク社、2017年1月25日初刷)

パロディ、パロデイ――『もう一度 倫敦巴里』(2)

「兎と亀」はよほど気にいったのか、なんと11年後に続編を作っている。そのときの映画監督は、黒沢明、クロード・ルルーシュ、サム・ペキンパー、ヴィンセント・ミネリ、山田洋次、ジョン・ギラーミン、ジュリアン・デュヴィヴィエ、深作欣二、ウォルト・ディズニー、セシル・B・デミル、フェデリコ・フェリーニである。
ここでは、深作欣二の「兎と亀」を、一部抜粋してみる。

「穴熊(金子信雄)「ご苦労じゃったのう」
亀「兎は?」
穴熊「あいつはお前のおらんうちにのさばりよって、わしの跡目を狙うとるんじゃ。やってくれんかのう。」
兎の家。
亀「お前をやれと言われてきた」
兎「おやっさんはもう終りじゃ。それよりお前と俺で、勝った方が跡目継ごうや」
亀「殺し合うんか?」
兎「競走じゃ。山のふもとまで早う行った方が勝ちや。受けてつかあさい」
スタートラインに兎と亀。スターター(渡瀬恒彦)の合図で走り出す。」

配役はもちろん、言わずと知れた、菅原文太(亀)と松方弘樹(兎)。
 
しかしなんですねえ、パロディというのは、具体的に作品を引いてこないと、面白さが分からないから、どうしようもないですね。この調子で引いていくと限りがないから、もうやめにしよう。
 
全編の中で、いちばん多く出てくるのは、川端康成の『雪国』のパロディである。「雪国・またはノーベル賞をもらいましょう」と題して、庄司薫・野坂昭如・植草甚一・星新一・淀川長治・伊丹十三の各氏が、『雪国』冒頭の一節を、それふうに披露する。もちろん全部、似顔絵つき。これは70年2月号の『話の特集』である。

「雪国ショー」(72年11月号)では、笹沢左保・永六輔・大藪春彦・五木寛之・井上ひさし・長新太・山口瞳を真似る

「新・雪国」(73年12月号)では、北杜夫・落合恵子・池波正太郎・大江健三郎・土屋耕一・つげ義春・筒井康隆。
 
75年2月号では「又・雪国」と題し、川上宗薫・田辺聖子・東海林さだお・殿山泰司・大橋歩・半村良の各氏。
 
77年2月号の「お楽しみは雪国だ」では、司馬遼太郎・村上龍・つかこうへい・横溝正史・浅井慎平・宇能鴻一郎・谷川俊太郎。
 
そうして、復刊のために付け加えた「『雪国』・海外篇」では、シェイクスピア(小田島雄志訳)・サリンジャー(野崎孝訳)・ジャン=ポール・サルトル(白井浩司訳)・レイモンド・チャンドラー(清水俊二訳)。それぞれ、原文を真似た訳者という、二重の複雑なパロディである。
 
さらにそれに追加して、村上春樹・俵万智・蓮實重彦・椎名誠・吉本ばなな・丸谷才一・井上陽水が加わる。
 
というふうに名前を挙げてくれば、これを全部パロディにするのは、ほとんど天才か狂人だね。
しかし、和田誠が、どんなふうな天才、または狂人であるかを示せと言われても、ブツがないと、どうしようもない。というわけで、懲りずに2,3本、ほんの抜粋を挙げておく。

パロディ、パロデイ――『もう一度 倫敦巴里』(1)

『倫敦巴里』は1977年に、今はなき「話の特集」から刊行された。僕はこれを、大学時代に、友だちの下宿で見た。実に面白かったが、金がなかったので買えなかった。

『もう一度 倫敦巴里』は、そこに新たに『雪国』海外篇と、『雪国』70年2月号、72年11月号、73年12月号、75年2月号、77年2月号の続きを加え、再編集したものである。
 
といっても、現物を見たことがない人には、何が何だかわからない。これは全編、絵と文章による、和田誠のパロディ大全なのである。
 
まず最初に「殺しの手帖」がある。
「これは あなたの手帖です/いろいろのことが ここには書きつけてある/この中の どれか 一つ二つは/すぐ今日 あなたの殺しに役立ち/せめて どれか もう一つ二つは/すぐには役に立たないように見えても/やがて こころの底ふかく沈んで/いつか あなたの殺し方を変えてしまう/そんなふうな/これは あなたの殺しの手帖です」
 
そしてそのあと、「リヴォルヴァー拳銃をテストする」が続いて、さらに「毒入りのおそうざい」として、「とりかぶとののりまぶし」「じゃがいもの砒素ふくめ煮」「いかと椎茸のストリキニーネあえ」「冬瓜のシアン化水素汁」と続いていく。

『暮しの手帖』から、よく文句が出なかったものだ。あるいはパロデイに対して、もっとずっと寛容だったのだろうか。

『兎と亀』は、世界の映画作家たちが、イソップの寓話をテーマに映画を作ったら、という内容で、ジョン・フォード、市川崑、ヤコペッティ、ミケランジエロ・アントニオーニ、ヒッチコック、ベルイマン、ロバート・ワイズ、テレンス・フィッシャー、ジャン=リュック・ゴダール、デヴィッド・リーンが、それふうの「兎と亀」を撮っている。
 
といっても、何のことやらわからないので、ここでは特別に、一人の監督をまるまる載せてみる。

「ミケランジエロ・アントニオーニ

溶明。抱きあい、キスをしている二人。
亀(マルチェロ・マストロヤンニ)とその妻(モニカ・ビッティ)である。
高層アパートの一室。窓から隣りのビルがみえる。朝の光がさしこんでいる。
唇をはなす二人。
亀「別れようか」
妻「ええ」
妻、立って台所へ行き、コーヒーポットをとりあげる。
亀、読んでいた新聞を置き、立ちあがる。
亀「出かける」
妻「どこへ」
亀「マラソンに」         ――溶暗
溶明。椅子でモード雑誌を読んでいる妻。
手をのばしてラジオのスイッチを入れる。ラジオからはマラソンの中継放送が聞えてくる。
ラジオ「亀はのこのこと走っております。そのはるか前方に、兎の姿がみえます。兎、どんどん亀をひきはなして走ってゆきます」
妻、ラジオのダイヤルをまわす。クラシック音楽になる。再び雑誌をとりあげる。
窓の外は夕暮れ。街燈が点いている。――終」
 
「高層アパート」も、「街燈」も、効かすべきところに効かせてある。
もちろん、これ一本が素晴らしいわけではない。なのに、なぜこれを選んだのか。うん、もちろんモニカ・ビッティですね。

ノーベル賞化学者の戯曲――『これはあなたのもの――1943‐ウクライナ』(3)

はじめにもちろん、上演に賭ける川島さんの情熱がある。

「自分が直接知っている誰かが、こんな経験(=ナチの時代を生き延びること)をしていたということも私には衝撃的だったが、何よりもフリーダ(=主人公の母親)という女主人公に魅せられてしまった。英雄だった夫を『絶対に許さない』と言ってはばからない女性。ウクライナ人すべてを『ひとごろし』とののしり、同時にウクライナ人の乳母を慕いつづける。誰にも媚びず、強く、激しく、心の熱い女性。そして、小さな子供を守って生き抜いた母親。
 この戯曲を舞台化したい。日本でこれを見たい。生きたフリーダが目の前で動くのを見たい。」
 
しかし、そもそも川島慶子先生は、名古屋工業大学で科学史を教える、れっきとした社会科学の教授である。そういう人が、ヨーロッパからアメリカに渡ったノーベル賞科学者の、ナチの時代の自伝が素晴らしいからといって、それを新国立劇場で、しかも八千草薫や吉田栄作といった配役で、上演できるものだろうか。
 
詳しいことはよくわからないが、まず最初に、勤務先の名古屋工業大学の鵜飼裕之学長が、この劇に興味をもった。大学の創立111周年記念行事として、上演したいというのである。
 
そしてもう一つは、日本を代表する演出家の一人、鵜山仁氏がこれを上演したいと言ったという。
 
時をおかず、続けて上演の話が来たので、このときはさすがに、川島先生も舞い上がったらしい。
しかし、川島先生は、そもそも上演については、大丈夫だと思っていたのだった。

「心の底では私は心配していなかった。私の後ろにいるフリーダが『絶対大丈夫』とささやきかけていた。何の根拠もなかったが、私は楽天的だった。あとでホフマンに『クレイジー』と言われたが、本当にそう感じていたのだ。」
 
川島さんの後ろにいて、「絶対大丈夫」とささやきかけるフリーダを、メタファーととってはいけない。
 
川島さんは『マリー・キュリーの挑戦』の「あとがき」に書いている。私はずっと「二つの黒い瞳に見張られているような気がしていました。」
この瞳の持ち主は、アンネ・フランクである。私ははじめ、これを比喩と取った。

だから、ホフマン先生の戯曲も、いくらなんでも、これは無理でしょう、と思ったのである。でも、後ろにいるフリーダは、現実に「絶対大丈夫」と、後押ししてくれた。

私は、先生に近いところにいながら、ぜんぜんわかっていなかったのである。

(『これはあなたのもの――1943‐ウクライナ』
 ロアルド・ホフマン、訳・川島慶子、アートデイズ、2017年6月1日初刷)

ノーベル賞化学者の戯曲――『これはあなたのもの――1943‐ウクライナ』(2)

その川島さんから、ロアルド・ホフマンという化学者の、「これはあなたのもの」という戯曲が素晴らしいのよ、という話があった。

ホフマンはアメリカの化学者で、ノーベル賞を、福井謙一氏と共同受賞している。そういう人の戯曲が素晴らしいの、と言われてもなあ、というのが、その時の印象だった。
 
ホフマン先生と川島さんは、2003年頃から、お互いがいいものを書けば、送り合う間柄だという。
 
川島さんによれば、今度の戯曲のテーマは、ナチの時代を辛くも生き延びた人々が、現代にまで抱えている、どうにもならない戦争の傷跡だという。
 
ホフマン教授は五歳のとき、ナチの手を逃れて、母親と一緒に、ウクライナの知り合いの家の屋根裏部屋にかくまわれ、奇跡的にこの時代を生き延びた。その自伝だという。
 
舞台は、1992年のフィラデルフィアと、1943年から44年にかけてのウクライナのフリーヴニウ村が、何度も交錯する。ユダヤ人の母は、ウクライナ人のさまざまな裏切り行為と、ユダヤ人虐殺計画のために、ウクライナの人たちのことを「人殺し」と呼ぶのだ。しかしまた、母子を屋根裏部屋に長くかくまってくれたのも、善良なウクライナ人一家なのである。
 
つまり、「個々人の善行と集団の罪。それらを忘れずにいること。認めること。そうした記憶と認識のバランスを取る事が『これはあなたのもの』のテーマです。」(ロアルド・ホフマン)
 
この本は、川島さんが訳した戯曲の他に、右のような構成で、一巻ができあがっている。
 
 ロアルド・ホフマン、訳・左近充ひとみ「ズウォーチュフから東京へ――『許し』への道」
 矢野久「ナチスのユダヤ人政策――作品の歴史的背景」
 黒木雅子「女性の越境とサバイバル――語れない物語をどう聞くか」
 鵜山仁「『これはあなたのもの』舞台化のための、いくつかのイメージ」
 川島慶子「『訳者あとがき』にかえて――ノーベル賞科学者が紡ぐ戦争と平和の詩」

それに、付録として「『これはあなたのもの』世界と日本で公演」一覧がついている。日本では、この5月から6月にかけて、全国のあちこちで公演が行われる。とくに6月15日から25日は、新国立劇場だから評判を呼ぶだろう。役者は八千草薫、吉田栄作、保坂知寿、かとうかず子、万里紗、田中菜生である。

しかし、たとえ川島慶子さんが、これはぜひ自分で訳してみたい、そして日本で上演したいと思ったとしても、なぜそんなことが、しかも第一級の役者を得て、実現したんだろうか。