山本文緒の大傑作――『自転しながら公転する』(2)

主人公の与野都は、こんなふうに描かれる。

「都は自分の顔をじっと見る。美人ではない。ファニーフェイスの部類だと思う。丸い顔にやや離れた目の配置、鼻は小さいけれど少し上を向いている。色素は薄く全体にそばかすが散っていた。もっと奇麗だったらよかったと思うことがないでもない。でも見ようによっては可愛くないわけではない。」
 
微妙である。美人ではないが、可愛くないこともない。ちょっと中途半端で、よく考えればごく普通の30過ぎの女の人、どこにでもいそうだ。
 
その、どこにでもいそうな人を、筆の冴えでもって典型にまで高める。小説家の仕事はそういうものだ。
 
都は正社員でもなく、アルバイトでもない。仕事は時間労働契約で、社会保険にも入っている。つまり一応は社員である。
 
この30過ぎ独身で、一応は時間労働契約社員であり、親の介護で実家に帰っている、見方によっては可愛く見えないこともない、という主人公が、日本の2010年代後半の、一つの女の典型をなしている。
 
都は年下の貫一と親しくなるが、貫一もまた、回転寿司で働く中卒の、見ようによっては半端な人生を生きている。
 
30年前なら、こういう男女のことは、世の中の片隅のこととして、それなりのささやかな人生の一場面として、短篇に描かれたと思う。
 
しかし令和の世は違う。真ん中に王道があって、それを歩んでいれば、まずは安泰という人生のパスポートは、もうどこにもない。
 
たとえば銀行はどんどん縮小していて、もう誰も積極的には志望しないところだ。マスコミのテレビや新聞、出版社は、明日なくなっても、それはそうだろうなあと、納得する時代だ。
 
そういうときに、あらゆる点で中途半端な男女は、これはこれで一つの典型をなしている。これが日本人の生きている、一つの「王道」なのだ。ここから目をそらしてはいけない。
 
都はまたニャン君という、回転寿司でアルバイトをする、ベトナム人の男性とも知り合う。このベトナムの男性が、将来のキーパーソンになる。
 
とはいっても小説である。優れた小説は、細部の描写から成り立つ。

「なんで私がここまでやんなきゃならないのとか、不平不満が爆発しそうでさー。家事をやりつつ、家族の体調も見つつ、仕事も全開で頑張るなんて、そんな器用なこと私にはできそうもない。でも世の中の、たとえば子供いる人なんかは、みんなそうしてるわけでしょ。〔中略〕なのに私、これしきのことで、なんか頭がぐるぐるしちゃって」
「そうか、自転しながら公転してるんだな」
 
全体はこういう調子で、快調に進んでいく。
 
ちなみに全体のタイトルは、ここから取られているが、このタイトルはもっと先まで、著者を連れていく。
posted by 中嶋 廣 at 18:08Comment(0)日記

山本文緒の大傑作――『自転しながら公転する』(1)

これは大傑作。

最初は『小説新潮』に断続的に連載され、その後、単行本化された。
 
単行本化されるにあたり、プロローグとエピローグが、書き下ろしの形で加えられた。
 
そのプロローグとエピローグのおかげで、この作品は限りなく奥行きが出た。

はっきり言えば、違う小説になった。これは今年のベストワンを争うだろう。
 
これをどういうふうに考えればいいのだろう。
 
小説雑誌に載ったとき、山本文緒は、これで完結していると思ったと思うのだ。

ところが単行本のゲラを読んでみると、どうも何かが足りない。『自転しながら公転する』の、「公転」が弱いことに気づく。
 
それでも「自転」がしっかり描けていれば、小説としてはそれで十分である。
 
ところが山本は、それでは我慢できなかった。
 
というようなことをいくら言い続けていても、何のことやらわからないに違いない。
 
いまは、プロローグとエピローグを後回しにして、本文に入っていこう。

「東京で働いていた32歳の都は、親の看病のために実家に戻り、近所のモールで働き始めるが……」とオビ裏の言葉にある。
 
地方都市でも、場所は特定されている。そこは牛久大仏のある街だ。

「田圃と畑しかなかった真っ平らな田舎の真ん中に、縮尺を狂わすような大きさで忽然と現れた立像に、大人も子供も面白がったり眉を顰めたりした。」
 
こういう、どこかアンバランスな地方都市が舞台である(もっとも地方都市は、みなどこかアンバランスなのだが)。
 
与野都は母の、重い更年期障害の看病のため、東京から実家のある街に戻ってきたのである。

車で数十分のモールのショップで、都は女性服を売っている。これは大事なことであるらしいのだが、しかし女性の服に関しては、僕はまったくの音痴である。

「最近休日は母の病院の付き添いか近所のスーパーくらいしか出掛けておらず、めかし込む機会もなくて、買うのは仕事用の服ばかりだった。だから当然の結果なのだが、都は何かが大きく目減りするような焦燥を覚えた。」

「何かが大きく目減りするような焦燥」と言われても、僕には全く分からない。だから続く文章で、その内実をいわれても、まったくチンプンカンプンである。

「去年のシーズン頭にネットで見てどうしても欲しくて買った、たっぷりとギャザーが寄ったフランネルのワンピースをかぶる。ツイードのジレを合わせ、ニットレギンスにフェアアイル模様のレッグウォーマーを重ねて穿き鏡の前に立った。靴は皮のアンクルブーツが合いそうだ。」
 
ほとんど、同じ言語を話しているとは思えない。でも大丈夫。そこをすっ飛ばしても、とにかく面白いのだ。そして限りなく考えさせる。
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役者の手の内――『私流 演技とは――わが役者人生の歩みとともに』(2)

三越劇場の民芸公演『修禅寺物語』のときは、嵐圭史は客演で出たのだが、主役を演ずる滝沢修とのやりとりが面白い。
 
著者は滝沢修の語ったことを、メモしておいた。

「〇声は出すんじゃない。自分の身体のなかに取り込んで、身体のなかに響かせるの。」
 
門外漢にはよくわからないが、しかし「ははーっ」という気にはなる。
 
次は歌舞伎十八番の演目「外郎売〔ういろううり〕」の長ぜりふを、どういうふうに演じるか。

「〇ほとんどが、ひたすら大きな声を出して鉄砲玉のように言う。売るという行為も、せりふ本来になくてはならない『色』も素っ飛んで、単に音だけ。だからやたら口を大きく開閉して、顔もくちゃくちゃ。みっともないったらありゃしない!」
 
ここでは、「せりふ本来になくてはならない『色』も素っ飛んで」というところが、新鮮である。何を言っているのか、正確には分かりかねるが、非常に鮮やかな感じがし、そして腑に落ちる、ような気がする。
 
その滝沢語録の極めつけがこれ。

「〇ナチュラル(自然)でいい、なんて誉め方をされるが、そんなものは茶の間でまにあう。リアリティを徹底的に追求し、結果として様式性を創り出す。演ずる者の仕事です。」
 つけ加えることは何もない。それにしても、こういうセリフの言えることは素晴らしい。
 
嵐圭史はここで一言だけ、つけ加えている。

「このとき滝沢さんが『色』が素っ飛んでしまうと表現されたのがとても興味深かった。私もよく、『せりふの色彩感』という言葉を使います。そしてそれは吐く息にもあるけれど、じつは吸う息にもある。」
 
こういうことは、実際に舞台に立っている役者でなければ、それも極めつけの役者でなければ、言えないことだろう。僕は読んでいるだけで面白い。
 
このほか、『五重塔』『毛抜』『およどん盛衰記 熊楠面白万華鏡』『蓮如――この深き淵より』など、いずれも主役が手の内を見せていて面白いが、それは本文に当たっていただきたい。

ここでは、劇団を運営していく苦労話を取り上げてみたい。

「やがて、もっと地域社会へと、名称を『市民劇場』へと変更していく時代が到来します。サークルは必要とされず、そのつど、一人でも入会できた『大衆化路線』の大破。これは時代の趨勢というべきでしょうが、大きな危険も孕んでいました。客を呼べる有名作品、マスコミでの俳優重視の方向が顕著だったからです。
 前進座のような名もなく、貧しく、美しき劇団(?)は、アンケートでも票が集まらず、ほとんど見向きされなくなってしまった時代(本当です。当時の数字をみれば)。」
 
具体的にどういうことかはわからないのだが、しかし劇団の辛酸をなめる様子は、なんとなく伝わってくる。このときは、「サークル活動」が軌道にのったこともあって、何とか危機を脱した。
 
そのほかの話題でも、木下順二と山本安英の秘められた愛のかたちや、あるいは岩下志麻の子供の頃のことなど、尽きせぬ興味が次々に沸き起こってくる。

(『私流 演技とは――わが役者人生の歩みとともに』
 嵐圭史、本の泉社、2020年9月16日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 17:57Comment(0)日記

役者の手の内――『私流 演技とは――わが役者人生の歩みとともに』(1)

この本は恵送を受けた。送り主は、元岩波書店の井上一夫氏、新書の『大往生』(永六輔・著)で、246万部の大ベストセラーを記録した人だ。
 
井上さんは、『大往生』に始まる、永六輔との日々を回想した『伝える人、永六輔――『大往生』の日々』を書いた。これは編集論の、もっとも上級の課程を活写した本で、僕も力を入れて、このブログに書評を書いた。
 
今度はその井上さんが本業の編集を担当し、俳優座の看板役者、嵐圭史が演劇の話を書いたものをまとめた。
 
というと僕は如何にも、その名を知っていそうだが、実は芝居の方はまったく暗い。そこで奥付の著者紹介から、「主な受賞歴」を引いておく。

「毎日芸術賞『子午線の祀り』平知盛役(1979年)/紀伊国屋演劇賞個人賞『子午線の祀り』平知盛役(1985年)/文化庁芸術祭賞『怒る富士』伊奈半左衛門役(1993年)/名古屋演劇ペンクラブ賞『天平の甍』鑑真役(2003年)/岡山市民劇場男優主演賞・倉敷市民劇場男優主演賞『五重塔』十兵衛役(2009年)/芸術選奨文部科学大臣賞『江戸城総攻』徳川慶喜役(2009年)」
 
なかなか凄いものである。演じたのは、歌舞伎はもとより、歴史劇から現代劇にまで及び、その間、中国公演、米国公演では座長を務めた。

また『平家物語』の全巻朗読を、新潮社から刊行している。かなりの活躍ぶりである。
 
この本の構成は、いくつかの芝居に即して演技論・演劇論を述べたものが主である。後半に、折々の印象に残ったコラムを載せてある。
 
最初は真山青果作『玄朴と長英』。ここでは嵐圭史は、高野長英役を演じた。

『玄朴と長英』は嵐によれば、「きわめて上質な、日本初の『デイスカッションドラマ』」であるという。
 
そこでの演技論はたとえば、次のようなものだ。

「比較的動きの少ない二人芝居では、〔中略〕小道具類の扱いも含めて、その一挙手一投足がドラマの内的表情を際立たせるうえで重要な役割をにないます。
 たとえば脇息ひとつ、役創りのうえで私はどれだけ助けられたことか。腰掛けたり(ふつうはありえないが、長英だからこそ)、横に倒して枕にしたり(これもふつうはありえない)、斜め、横、正面と置き所を変えて、肩肘両肘、そして背もたれと……
 非常に微妙で、きめ細かなせりふと連動してのこうした組み立て、あるいは発見は、芝居を創るうえでの醍醐味といっていいでしょう。」
 
演技論は、概ねこの水準である。そこに、ダメ押しともいうべきものが来る。

「『玄朴と長英』にはそうした発見の楽しさ、いわば隠し味もふんだんに用意されていました。」
 
これは表には出ない、隠し味なのである。
posted by 中嶋 廣 at 00:23Comment(0)日記

どちらから見るか、による――『「その日暮らし」の人類学――もう一つの資本主義経済』(4)

それでは小川さやかの、タンザニアを中心とする文化人類学の業績は、たんにこれは資本主義の黎明期であって、取るに足りないものなのだろうか。
 
それをつまらないと言って退けることは、私にはできそうもない。

「わたしは、このような自律的・自生的なインフォーマルな領域を押し広げていくことに、現在と未来との多様な接続のしかた、多様な生き方を許容するオルタナティブな社会や経済の可能性を感じている。」
 
はたして、そこまで言っていいものかどうかは、わからないが、しかしわずかな可能性の存在は信じたい。
 
第二章で取り上げた、著者の調査助手のブクワは、職場を変え、社会関係を頼って頻繁に移動し、新たな人間関係を築いた。

「行商、ハウスボーイ、トラックの荷降ろし、肉屋への卸売り、建設会社での測量補助、バスの客引き・コンダクター、古着露天商、建築現場での日雇い・大工、サンダル装飾、軽トラックの運転手、鉄くずのディーラーと、実に多彩な仕事をした。彼はこれらの職場で仲間をつくり、食費などのために小銭を回し合ってきた。その数は、二〇〇人は下らない。」
 
これはたんに、一家で底辺を蠢いて、食事を確保することで精いっぱい、というのとは違う。明らかにネットワークを駆使して、自分と人、人と人とを結びつけている。
 
そういうものが、何になるかと問われれば、まだ雲をつかむような話ではあるが、しかし明らかに、先進資本主義国とは違ってきている。
 
ふたたび「はじめに」に返ろう。小川さやかは、「安心・安全が予想可能性と強く結びつき、よりわかりやすい未来を築こうと制度やシステムを高度化し、将来のために身を粉にして働く」ことが、先進資本主義国の生き方であると説く。
 
しかし、およそ30年前から、日本は、そして西欧諸国やアメリカは、明日のために今日を犠牲にした生き方を、取りづらくなっている。
 
資本はそれ自体で太り続け、社会的にヴォリュームのあった中産階級は、痩せ細ってきた。
 
新たな階級ができつつあるのだ。いちどガラガラポンをやり、社会を根底からひっくり返さないと、どうにもならなくなっている。しかしそのやり方はわからない。
 
先の山田太一の言葉は、かつては社会のあちこちに、そういう人々がいた、ということだ。いま、そういう存在は、日本全体で見たとき、ほとんどいないのではないか。
 
そういうときタンザニアにあって、ひょっとすると、同じ資本主義でありながら、別の命脈を生きようとしている彼らは、あいかわらず眉唾ではありながら、かすかに一条の光をともしてくれるのだ。

(『「その日暮らし」の人類学――もう一つの資本主義経済』小川さやか
 光文社新書、2016年7月20日初刷、2020年9月30日第6刷)
posted by 中嶋 廣 at 19:02Comment(0)日記

どちらから見るか、による――『「その日暮らし」の人類学――もう一つの資本主義経済』(3)

小川さやかは、「近年、台頭・拡大しているトランスナショナルなインフォーマル交易を題材に、『まずは試しにやってみる』のダイナミズムを異なる角度から、自律的・自生的『経済システム』として明らかに」しようとするけれど、これはうまくいっていない。
 
これ以後、「第三章 『試しにやってみる』が切り拓く経済のダイナミズム」、「第四章 下からのグローバル化ともう一つの資本主義経済」、「第五章 コピー商品/偽物商品の生産と消費に見るLiving for Today」、「第六章 〈借り〉を回すしくみと海賊的システム」ときて、「エピローグ Living for Todayと人類社会の新たな可能性」で締め括るわけだが、どれも実に苦しい。
 
第五章の「コピー商品」などは、どこをどう取り繕ってみても、タンザニアでは、模造品やコピー商品でなければ、一般には手に入りにくいということを、回りくどく言っただけだ。

「都市人口の七割弱を占めるインフォーマル経済従事者は、〔これまで述べてきたように〕他業種を渡り歩く『ジェネラリスト的』な生き方をしている。」

「ジェネラリスト的」と言えば聞こえはいいが、実際には、何とか食いつないでいる、というほうが、実情に合っているだろう。
 
こういう人々の暮らしに、まるで欠けているのは、仕事の上に重なってくる「生きがい」や「やりがい」である。
 
タンザニア方面の「ジェネラリスト的」生き方に、決定的に欠けているのは、この問題である。仕事の「やりがい」、そして「生きがい」については、この本の初めから終わりまで、ついに一回も論じられることはない。
 
そういえば『チョンキンマンションのボスは知っている』でも、この点が論じられることは、ついになかった。
 
このブログでかつて紹介した『月日の残像』の中で、山田太一が松竹に就職して、大船の撮影所に、映画の助監督として勤務する話が出てきた。

そこには様々な、ひと癖もふた癖もありそうな人物が登場する。

「それぞれの分野の人が身についた技術を持っていて、その職域の歴史のようなものを背負って不安定なところがなく、それでいて一人一人が個性的に見えた。」
 
仕事とは本来、こういうふうにすべきものだろう。

もちろん仕事の仕方については、千差万別あっていい。しかし、一筋の道をじっくりやってきた結果、何者かになっていたということは、実に幸せなことではないか。

日本人の職人気質は、こういうものに違いない。それは明らかに、日本人の仕事の本質を、一面で捉えている。
 
そういう側面を、小川さやかは完全に落としていると思う。
posted by 中嶋 廣 at 17:38Comment(0)日記

どちらから見るか、による――『「その日暮らし」の人類学――もう一つの資本主義経済』(2)

最初に出てくるのは、ダニエル・L・エヴェレットの『ピダハン――「言語本能」を超える文化と世界観』(みすず書房)である。
 
小川さやかはこれを、Living for Today(その日その日を生きる)の究極と見なすが、そしてそれはそうかもしれないが、『「その日暮らし」の人類学』として、欧米・アメリカや日本をはじめとする、先進資本主義に対峙するのは無理である。
 
ピダハンは、アマゾンの奥地に暮らす狩猟採集民。道具をほとんど作らず、使う言葉に過去や未来が含まれない。つまり直接経験だけが、言葉としてやりとりされる。
 
アマゾンの奥地に入った伝道師は、果ては無神論者になり、伝道師をやめるのである。これはまあそうだろうな。だって、過去も未来もないところでは、千年王国の福音をどう説いていいか、分からないじゃないか。
 
これはこれで実に面白いが、私たちが、現代人の暮らしのオールターナテイブとして、Living for Todayの典型として上げるのは、とんでもなく無理がある。

とはいえ、日常を相対化するのに、これほど強烈な反世界像をもってくるのは、なかなかのことだ。

「重要なことは、未来や過去を前提とした生産主義的な生き方は普遍的なものではなく、またそのような生き方は当事者たちにとって必ずしも『不幸』で『貧しい』ものではないということである。」
 
そういうことだけは、頭の片隅に入れておいていい。
 
そこでタンザニアの話になる。タンザニアでは、農業・漁業を除いては、仕事を頻繁に取り替えるのは、ごく普通のことである。
 
一例として、長年著者の調査助手を務めているブクワ(39歳)を取り上げる。
 
ブクワは直近6年間でも、建築業、サービス業、零細製造業、商業など、多くの業種を経験してきた。

その経歴を見ると、「収入の補填やリスク分散を目的になされる『生計多様化戦略』も個人単位・世帯単位の両方で実践されている。個人単位の生計多様化とは、平たくいえば、『一つの仕事で失敗しても、何かで食いつなぐ』戦略で……世帯単位の生計多様化とは、『家族の誰かが失敗しても、家族の誰かの稼ぎで食いつなぐ』を可能にするものである。」
 
いつてることはもっともらしいが、日本の場合でいえば、底辺の家族が、あわせて何とか食いつないでいる状態というのと、どこが違うんだ。

ひょっとすると、小川さやかは、そういう日本の家族を、よく知らないのではあるまいな。エリート・サラリーマンとその妻を典型に、日本人のひな型を作っても、それはもう二、三十年前の幻だ。
 
翻ってタンザニアは、資本主義のまだ最初の段階で、産業が発達していないために、ブクワは次々と職業を取り換えざるを得なかった、ということではないのか。
posted by 中嶋 廣 at 18:49Comment(0)日記

どちらから見るか、による――『「その日暮らし」の人類学――もう一つの資本主義経済』(1)

小川さやかの『チョンキンマンションのボスは知っている――アングラ経済の人類学』は、面白いけれども、眉に唾して読まないといけなかった。
 
もちろんこれは、私の経済に関する知識の乏しさもあずかっている。
 
そこで4年前に出た、『「その日暮らし」の人類学――もう一つの資本主義経済』も、読んでみることにした。
 
だいたい4年前の光文社新書が、回を重ねて今年で6刷というのが、なかなかのものである。しかも八幡山の啓文堂に、メンチン、つまり書棚の中に背ではなく、面(表紙)を見せておかれている。なんと言うか、すごいものだ。
 
この本はLiving for Today(その日その日を生きる)という、タンザニア人の生き方を通して、日本人に生きることを再考させようというものである。
 
その日本人の生き方は、次のようなものだ。

「日本で暮らす多くの人びとは、もう長い間、その日その日を紡いでいるといった感覚とは無縁の生き方をしている。あるいは、明日どうなるかわからないといったゾワゾワを封じるために、社会全体でいまの延長線上に未来を計画的・合理的に配置し、未来のために現在を生きることがまるで義務であるかのように生きている。」
 
こういうことなら、先の英文は「今日のために今日を生きる」の方が、はっきりすると思う。

「安心・安全が予想可能性と強く結びつき、よりわかりやすい未来を築こうと制度やシステムを高度化し、将来のために身を粉にして働く。これに反する生き方は基本的に、社会不適合で『ダメな』生き方だと考えられている。」
 
これは養老孟子先生のいう、脳化社会によく似ている。ただこれを、「もう一つの資本主義」のかたちで実践すると、少し違ってくる。その話は最後にまわす。
 
次に文化人類学という学問そのものが、問題になりそうな気がしている。

「文化人類学はこの世界に存在する、わたしたちとは異なる生き方とそれを支える知恵やしくみ、人間関係を明らかにする学問である。」
 
たしかに異なる世界で、異なった暮らしをしている人がいる。しかしそれは、たんに同じ路線の上にあって、スピードが違うだけ、という場合もある。

小川さやかは、そのことは無視する。というよりも、文化人類学という学問の土俵が、そもそも共時的なもので、通時的な側面は、初めから顧慮しないような気がする。

文化人類学といえば、『山口昌男の手紙』という本を、作ったときのことを思い出す。山口さんが、東南アジアの現地調査で、現地の人を指図しているのを、冒険ダン吉を真似たマンガにした。それを見て、影書房の故・松本昌次さんが、烈火のごとく怒った。
 
日本は先の戦争で、東南アジアの人たちに、どれほど辛酸を飲ませたことか、だいたい中嶋君も、そのことが分かっていて、冒険ダン吉の絵を入れるというのが、無神経極まりない、と怒られたものだった。
 
でもこれを、山口昌男先生に問い質すというのは、なかなか酷なことだった。少なくとも私にはムリだった。
posted by 中嶋 廣 at 18:14Comment(0)日記

よくできたシノプシス――『半沢直樹――アルルカンと道化師』

非常によくできたシノプシス。それ以外に言いようがない。
 
池井戸潤は以前、『果つる底なき』と『空飛ぶタイヤ』を読んで、どちらもまあ面白かった。それでも、すぐにテレビドラマの原作になるようなのは、敬遠したい。
 
しかし女房と一緒に、八幡山の啓文堂に、杖を突いていくときはたまにしかないから、ついあれもこれもと買い漁ってしまう。
 
池井戸潤は変わってしまった。日本の中で、渡辺淳⼀、西村京太郎と並んで、三大シノプシス作家だ。

ちなみに渡辺淳⼀も、初期には優れたものを書いていた。原稿を持ち込んで、筑摩書房まで来たことがあるといっていた。僕が入社する何年も前だ。
 
シノプシスには違いないが、しかしよくできているので、解説だけはしておこう。アルルカンは欧米の道化役者のこと。「ずる賢いアルルカンと純粋なピエロと対比は、画家たちが好んで取り上げるテーマの一つになっている」ということだ。
 
東京中央銀行の大阪西支店融資課長、半沢直樹は、老舗の仙波工藝社の業績がダウンしているので、その融資に骨を折っている。すると大手のIT企業、ジャッカルが、M&Aで仙波工藝社を買収したいという。
 
ジャッカルの社長、田沼時矢は、アルルカンを描いた仁科譲の、熱心なコレクターであり、その仁科は昔、仙波工藝社に在籍していた。
 
仁科譲は、そのころ佐伯陽彦という同僚と、仲が良かったが、佐伯は病弱で故郷で亡くなっており、仁科譲は謎の自殺を遂げている。
 
この2人の謎を解いて、ジャッカルの田沼社長の狙いに迫る、というのが物語の骨格で、途中、銀行の上役や同僚とスッタモンダがある。
 
こう書けば、そこそこのミステリーでよくできているようだが、肝心の人物がまったく書けていない。半沢の女房役など、テレビの方がずっといい。
 
池井戸潤は、テレビドラマに脚色されて、驚いたことに原作の何倍かよくなった、と言ったらしいが、原作がシノプシスなんだから、これもむべなるかなである。

(『半沢直樹――アルルカンと道化師』池井戸潤、講談社、2020年9月17日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 00:26Comment(0)日記

村上春樹「訳者あとがき」の謎――『「グレート・ギャツビー」を追え』(補遺)

先週の金曜日に、『「グレート・ギャツビー」を追え』の書評の4回目を書いて、終わりとした。
 
すると土曜日の東京新聞「大波小波」に、この本のことが出ていた。
 
ちなみにそこではタイトルを、『グレート・ギャツビーを追え』としてあるが、これは誤植。装幀の関係で、グレート・ギャツビーの前後の「 」が見えなかったのだろう。しかしそれなら、扉を見るか、奥付を見ればよいことである。

「大波小波」の著者は、「アメリカの出版事情や書店事情などがわかってそれなりに楽しめるが、『法律事務所』など作者のこれまでのリーガル・サスペンスに比べると退屈だ」と注文をつける。

「アメリカの出版事情や書店事情など」が分かるからこそ、村上春樹が訳したのだが、そこがわかっていない。
 
おまけに時価2500万ドルの自筆原稿は、かさばるし、簡単に換金的ないものだという。
 
かさばる点は最後に、どのように運ぶかという、大事なところで効いてくる。また簡単に換金できないという点では、宝石なども一緒である。

むしろ盗まれたプリンストン大学に、いわば身代金の焦点を合わせるのだから、換金の点ではいうことがない。
 
しかし「大波小波」は、グリシャムのリーガル・サスペンスに比べると、「駄作とまではいわないが、村上春樹が翻訳するほどの小説とは思えない」と結論付ける。
 
これは全く違う。完全に間違っている。もしリーガル・サスペンスの一級品だとして、これを村上春樹が訳すだろうか、そう考えてみれば分かることではないか。そこは翻訳だけのプロに任せておけばよいのである。

「大波小波」のペンネーム〈超編集者〉の論点は、後段にある。

「なぜ村上春樹が? と考えていて、ひとつ思い至ることがあった。村上といえば、かつて自筆原稿が無断で古書店で売られ、抗議の声を上げたのではなかったか。それをきっかけに、作家団体などでも原稿の所有をめぐる議論が起きた。」
 
世間は忘れてしまったけれど、村上春樹はそのことを忘れてはいなかった、ということだろう、「もちろん訳者あとがきにひとことも出てこないけれども」と結ばれている。
 
たしかにそういうことは、底流としては流れていよう。けれどもそれは、表立っては言いにくい、あるいは言いたくないことなんじゃないか。
 
その言いにくいことを、言うべきなのが作家ではないか、という意見もあろうが、ここは村上春樹としては、そのことを分かっている人は、分かっていてください、分からない人は、別にそのままでオーケー、ということではないか。
 
それよりも、『グレート・ギャツビー』を訳し直したのは私だ、ということを「訳者あとがき」で、村上春樹が奥ゆかしく秘めているのを、そのまま何も考えずに、『グレート・ギャツビー』の自筆原稿を、かさばってかなわないとする、〈超編集者〉の力量が嘆かわしい。
posted by 中嶋 廣 at 00:16Comment(0)日記